日記「自由な手たち」

20190311001

卒業式

そうですね、昨日は卒業式でした。
壁がビュウビュウ、雨がザアザアと、晴れの舞台にはなかなか厳しい朝を迎えたのでした。
でもね、式が始まる5分前くらいには、体育館の隙間から見える空が青くなっていくのが分かりました。
それに伴ってお日様が顔を出すと、体育館の天井がパチパチ鳴り出しました。一緒にみんなを祝ってくれているのかい。
あいさつが苦手な私でも、みんなに伝えたいなって思っていることはあるわけで、一夜漬けで頭のなかに擦り込んだ言葉たちは、天井のパチパチとともに見事に頭から抜けていったのでした・・。

私が今年この役目を任された時は、節目のあいさつにはそれぞれテーマを考えておりました。
「感謝」「本当のこと」「コミュニケーション」です。
体育祭では、言葉が回りませんでしたが、どうにか感謝を伝えることができたのではないかと思っております。もし、興味がありましたら9月16日の記事を読んでくださいね。
卒業式では、これから大きくなっていく子供たちに「本当のこと」を忘れないでほしいなっていうことを伝えたかったのです。

そのお話。
・・・「モモ」の中に出てくる時間どろぼうは皆さんご存知でしょうか。
町の人たちをあれこれ説き伏せては、時間の無駄をなくして、もっと自分の時間に余裕を作ろうと吹き込む人たちです。
「無駄な話はしない」「つまらないお稽古事はしない」「物思いにふけらない」ほかにもいろいろ吹き込んでいきます。
「こういうことに使った時間を節約すれば、もっと将来の時間に余裕が生まれますよ。」、時間どろぼうはそういいます。
その話を聞いた住民たちは、自分たちはなんて無駄に時間を過ごしていたのだって思いこんでしまうのです。これだけの時間があればこんなことができたのに・・。
このこんなことはいつの間にか忘れ去られてしまって、ひたすらみんなは時間を貯めることだけを考えるようになってしまうのでした。
毎日、機械的に画一的に物事をこなしていくうちに、町からは笑い声がなくなり、みんなどこか不機嫌でくたびれた、とげとげしい目つきをした怒りっぽい顔になっていってしまうのです。
でも、最後にはモモがみんなの時間を取り戻してくれて良い結果になるのですが、私はこれを読んでこう思ったのです。

「時間の余裕を作るのはよいことだと思うのですが、時間の余裕を作ることだけに満足してしまって、その時間を何に使いたかったのかを忘れてしまってはいけないって。」

これは時間以外にも当てはまるのではないかって思うのです。
例えば、勉強だって、良い点を取るために勉強するのではなくて、その勉強で得た知識を使って世の中でどのように活躍したいのか。
例えば、この先就職したら、もちろんお給料をもらうために頑張って働くのだけれど、そのお給料でもらったお金で何を成し遂げたいのか、もしくはその仕事をすることで身に着けた技術で自分に何ができるのか。
時間を節約して余裕を作ることも、テストで良い点を取ることも、たくさんお金を稼ぐことも、それだけで満足するのではなくって、それが最終目標ではなくって、それらは自分が目指した夢を実現させるための目標のひとつなのだってことを、みんなが大きくなっても忘れずにいてほしいなって思います。
そして、もしこの先自分が立ち止まってしまいそうなときは、自分が考えていた目標を思い出して、この先の夢に近づくことができるように少しずつ前に進んでいってほしいと思います・・。

そんなお話をさせて頂いたのですが、やっぱりいまだに人前で話すことが苦手なものでして、この話の5ミリも伝えられたかどうだかわかりません。
でも、帰る道すがら、幾人かの皆さんにまたモモが読みたくなりましたって言ってもらえたのでよかったのかな。
会場の後ろで座っていた2年生のハルカも「うん、よかったと思うよ。」と言ってもらえたのでマル。