2024.02.06
先週末、久しぶりに何か(簡単な)を作りたいなという気持ちになりました。
キッチン収納の製菓材料を入れる箱の中には、「グラノーラを作ってみたい。」と思った時に買ったものの期限が切れて入っていました。いつもなら、お菓子作り好きなハルにチェックされて、「お母さん、これ期限切れちゃうよ。」と指摘されてしまうところですが、父のことがあったので、言わないでいてくれたのだと思います。(ハルも忙しかっただけかな。)
「俺を言い訳にするな。」と空から怒られてしまいそうなので、作らないといけませんね。
うさぎパンさんのお家にお邪魔した時に教えていただいた、よく焼けるというシルパンという名のクッキングシートをいつか使ったみたいと買っておいたのでした。
よく焼けるということを意識していたはずなのに、あっという間に焦げてしまいました。
よりによって、ナッツアレルギーの娘たちの分と分けて作った方が…。
「あーあ。」という出来上がりでしたが、もう二度と作るか!とはならず、次の機会にはもっとうまくやろう、と思えるのがお菓子作りのいいところだなと思っています。
こういう時間が持てたのも、お家にいる時間ができたからです。
兄と2人兄妹なのですが、兄も色々手続きのことなど母をサポートして動いてくれているので助かります。お互いが実家から近いところに住んでいたのもよかったと思います。
お料理は毎日しているはずなのに、異なるものを作ると頭がすっきりしますね。リフレッシュできました。
またこういう時間を作っていこうと思います。
2024.02.04
「キッチンから掃き出し窓を開けると、外にこじんまりしたしたバーベキューコンロのついたテーブルが置かれていて・・。」
Kさんとお話していて陽差しが差し込むサンルームのような空間に置かれるキッチンが浮かんだのですよ。
お話を進めていくうちに表面を少し色の沈んだグリーンで塗装して、キャビネットを開けると中から印象的な木目が見えてきて、コーラーのエプロンシンクが組み込まれてって、海外の写真で見かけるようなキッチンができそうな気配だったのですが、なかなか予算を組むことができなくて断念。
実現したらすてきな形になりそうだったのですが、残念。
2024.02.02
2年前に作らせて頂いたマドリヤアーキテクツさん設計のお宅のキッチンをご覧になったIさんが、ぜひキッチンを作りたいということで設計のYさんがお声掛けくださって、私の自宅に見学にいらしてくださったのが、昨年の8月の終わりでしたね。
あれから、お話が順調に進んでいて、昨日キッチンを設置することができました。
現場は大工さんが木工事の真っ最中で、食器棚からリビングの家具や天井の板張りまで、何から何まで大工さんがとてもきれいに作っちゃっている。すごいことです。これならキッチンも作れちゃうのではないかって思えるくらい。
吹き抜け天井も板張りなので室内で足場が組んであったので、ちょっと手狭ではありましたが、キッチン周りだけきれいに片づけておいてくださったので、作業は順調に進みまして、2日間で予定していた作業が昨日で無事に完了。
お話は変わりますが、今回のIさんのお宅で採用したレンジフードが同時給排タイプのレンジフード。また、キッチンの天井高さが2200ミリと低めなこともあって採用できる機種は限られてきます。
そこで、富士工業の「MTRL」シリーズを採用しました。「思わず笑みと涙のこぼれた」の沼津のHさんのところでも採用したレンジフードです。デザインがシンプルできれいなことと高さが抑えられた製品ということで今回のIさんにも採用したのですが、同時給排のものは排気だけのタイプと違ってメカの部分が大きくなることもあって、重量が重くなるため、壁に固定するだけではなく補強するために天井にも固定する必要があります。
そこで、今回はメインのヒロセ君とタケイシさんのほかにワタナベ君にも序盤だけ作業の手伝いに入ってもらいました。そこに搬入と打ち合わせで私も居合わせたものですので、現場はぎゅうぎゅうになってしまって、無事搬入と打ち合わせが済んだ私は一足先に戻らせてもらい、お昼頃にワタナベ君も戻ってきて、午後は二人で順調に進めてくれてこうして無事に終わったのでした。
2024.02.01
HITOMAさんからお話を頂いて実現したブラックチェリーとステンレスバイブレーションの組み合わせが美しいキッチンとバックカウンターのお話を掲載しました。
2024.01.28
昨年の12月半ばに納品したIさんのところに挨拶に伺ってきました。
「オーダー家具とうたわれていても、ここまでしかできませんって言われることが多い家具屋さんばかりだって思っていたのですよ。サイズはここまでしか対応できませんとか、この形だと実現は不可能です、とか言われるのかなあなんて、漠然と思っていたのですが、ここまで自分の希望通りに形を実現できるなんて思ってもいなかったのです。特にこの入れ子になった机なんて。」とご主人。
そういえば、最初は奥様と打ち合わせしていたはずなのに、いつの間にかご主人のと打ち合わせをしていて、そうか、いまさらながら気が付いたのですが、ここはご主人の特別な場所なのですね。
「本は全部埋まってしまうくらいたくさんあることはあるのですが、この美しい本棚には自分の気に入った本をしまいたいと思っているのですよ。」とにこやかにおっしゃってくださって、この寒い1月の空の中、気持ちが温かくなって帰ってきたのでした。
2024.01.27
駅から公園になっている多摩の丘陵をひとつ乗り越えたところにあるYさんのお住まい。
すぐそばには、9年前の雪の日にキッチンカウンターを取り付けた「響く声」のYさんのお宅がある。素敵な歌声を持つ奥様とのやり取りが懐かしいなあ、と思っているとYさんの集合住宅にたどり着きました。このあたりは空気がきれいというよりも空気がゆったり流れていて心地よいです。
さっそくYさんのところにお伺いして、前回は工房でスケッチまでの打ち合わせできたので、もう少し具体的な打ち合わせを行ないました。Yさんとのお話はとても要領を得ていて会話が進むのが心地よく、ほどなくして原案となる形を作るための意見が出そろって打ち合わせ終了。
そのタイミングでちょうど下のお嬢さんが学校から帰宅。職業体験の一環で学校で講話の時間があったのだそうです。そういえば、私たちのところでもそういう活動をしているのですよ、と言いうお話の流れから透視図法のお話に。
立体の簡単に描ける方法をお伝えしていると、「学校では教えてくれなかったからおもしろいです。」と奥様と二人で楽しそうに私の講義(笑)を聞いてくれました。
フフフッ、ひとつのキッチンの出会いが、関わる皆さんとのいろいろなドラマが生まれるというのはとてもおもしろいではないですか。
2024.01.28
父を亡くして十日程経ちました。
(1枚目の写真は父が亡くなった日の病室からの空です。とても青く澄んでいてきれいでした。)
病院で息を引き取り、自宅に帰り、斎場でお通夜と告別式を終え、お骨に姿が変わり自宅に帰ってきました。
遠洋の船乗りだった父は、乗船してから「自分のことで周りに迷惑をかけるわけにはいかない。」と必ず毎年人間ドックを受け、体調管理を徹底していました。
下船して陸上勤務になった時に胃がんが見つかり、手術をした時も早期に見つけられたのがよかったと思います。ただ、その時から痩せ始め、体力が落ち始めていたのだと思います。
60代頃から肺の調子が悪くなり、通院しながら治療を続けていました。
そんな中でも、ホームセンターで朝早くからのアルバイトをしたり、小型船舶免許の教官をしたり、働きながら過ごしていました。
70代後半になり年齢的な体力の低下もあったのでしょう、短期間の入退院を繰り返す機会も増えました。
今年に入り病状が悪化してしまい、
「呼吸器を外すと3日持たないでしょう。」と言われるくらいにまでなってしまいました。
本人も家族も、お家で一緒に過ごしたいという希望を持っていましたが、その呼吸器は申請しても家庭で管理できるものではないということで、その呼吸器の管理ができるホスピスを探し、見つけて、その施設に移る準備をしていました。その予定日の前日に父は亡くなってしまいました。79歳でした。
10月末に入院して、11月には一度除細動器を使う状態にまでなり、何度も最後を意識しながらの入院生活となりましたが、「1日2人まで14時~17時までの間の20分間のみ」と限られた面会時間の中、母は毎日病院へ通い父のリクエストに応え続け、最後の日まで生きることができたのは、ふたりの命へ思いの強さだったと思います。素晴らしい姿を見せてくれて感動しました。
私に同じことができるのか自信はありませんが、こうして手本を見せてくれたことに意味があると思っているので、その時には頑張りたいと思います。
「今日が最後かも。」と思いながら面会に行っていたので、感謝の思いを伝える機会にできたのはよかったです。
出来損ないの娘で申し訳なかったのですが、私は父の娘として生まれて来れて幸せでした。
口数が少ない父で、怒るポイントと笑いのツボがよくわからなかったので、一緒にいてドギマギすることもありましたが、
色々な経験をさせてくれて、時には厳しく、時にはユーモアを交えながら接してくれて感謝しています。
普段は意識していませんでしたが、父方の親戚の集まりに行った時には、
「あきちゃん、やっぱりダイスケに似ているね。」と言われて、うれしかったのです。父の子なんだなと感じられて。当たり前なのですけどね。
(父の名前もダイスケなのですよ。漢字は違いますが。父と夫の名前が同じだなんて偶然って怖いですね。笑)
親を亡くすと大変なのですね、周りの方から聞いていたお話の意味がよくわかりました。
特に父親を亡くすとすべて名義変更で…。生計同一の同居なら連名で登録できるとか、どうにかならないものかなと思いました。
この後も四十九日の法要と、諸々手続きが続きます。母一人では大変そうなのでお手伝いしていきたいと思います。
結婚して23年経ち、ずっと離れて暮らしていたのだから、喪失感は大きくないのではと思っていましたが、そうではありませんでした。
こうして書いてる時にもメソメソしているので、ただ書いて残すことで少し気持ちが落ち着く気もするので、全く家具やキッチンに関係がありませんが、これから時々父との思い出話が登場すると思いますので、お付き合いいただければと思います。
最後まで読んでいただいた方はありがとうございました。
母が飾りたいと言い、ディスプレイさせてもらった船長時代のもの。ベージュの夏服だけはハルが譲り受けました。意外とサイズがぴったりでびっくり。いつ着るのだろう。
両親の好みのインテリアだった斎場の家族待合室。鶴以外のものを折ろうと調べながら折り紙を折る愛しのマイファミリー。
その折り紙と、父の最後のお弁当。母とお揃いで使っていたお気に入りの湯飲みとお茶碗。
母の希望で父と一緒に制服を火葬してもらいました。管理の厳しい火葬場だと炉が痛むとのことでNGだそうです。わがままを聞いてくださりありがとうございました。
桐の棺。どこで作られているものなのでしょうか。せっかく作っていただいたのに2日間で燃やされてしまって。きれいに作ってくださり、ありがとうございました。
2024.01.27
うさぎパンさんのinstagramにはすでに掲載されていますが、先日お仏壇を納品してきました。
最初にキッチンの相談をくださった時には、この型のキッチンを実現するのは困難なのではないか・・と思われるほど、自分にとっての使いやすさがぎっしりと書かれたイメージを見せてくださって、さらにFAXでやり取りしていましたっけ。
まだ私たちにとってもキッチンは駆け出しの頃でしたし、日々勉強する毎日でしたが、そういう中でも声を掛けてくださって、実現したのが「biscotti」でした。
あれからもうすぐで16年が経とうとしていますね。納品の時は、いろいろと予定があってほんの少ししかお話しできなかったのですが、「いよいよ私も頑張らなくちゃ。」って言っていたのがとても楽しみです。
また、アキコと挨拶に伺わせて頂きますね。
楽しみにしております。
2024.01.24
昨晩で仮組みがすべて終わりました。あとは現場から声が掛かったら設置工事に入るのです。
私はもっぱら打ち合わせや設計が主な仕事になってしまいましたが、私が制作を受け持っていた頃は、仕事の内容も今では大きく違うのですが、短納期の仕事が多くて日々かなり慌ただしく作業していたので、こうしてすべてを仮組することは少なかったように思えます。場合によっては「据付は現場の取付屋さんがやるから、工房までトラックを向かわせるから。」ということで制作してトラックまで積み込むまでの仕事というものも多かった時代でした。
でもこの仮組みの作業をしておくと、当たり前ですが現場での施工がとても順調に進むのです。
オーダー家具やオーダーキッチンの形を考えていくのも元々何もないところから考えていくものですから、事前の作業としていろいろな細かいところまでお話を聞いておけると実際の形は意外とスムーズに生まれてくることが多かったりします。
みんなのこういう場面を見ていると、何事においても下準備や段取りが一番大切だと思うのです。
2024.01.23
ヒロセ君が担当するのはOさんの食器棚。
Oさんの吊戸棚は引き違い戸になるのですが、引き戸の魅力って開けっ放したままでも作業の邪魔にならないことです。そうなると引戸の中が丸見えになりますので中をあえて見せるというのもおもしろいと思いますよ、というお話になりまして、私の自宅の写真を見て頂いて、気に入ってくださってこのような仕上げになりました。
背板にベージュの化粧板を使って、扉を開けた内部も外と同じナラ材で仕上げることにしたのです。
(棚板だけ白っぽいのは、背板にオイルがつくとやっかいなので、先に天地側板だけ塗装してあるからそう見えるのです。)
まとまりのあるとても良い印象になっています。
もともとこの「背板のカラーを替えたい」というアイデアをくださったのは、konasalonの熊崎さん。
アトリエの最初のキッチンを作らせて頂いた時に、本棚の背板にリネンを張りたいっていうお話を頂いて、それがとても素敵だったのです。
皆さんから頂くアイデアが今の形のひとつずつになっているのです。
【konasalon】
https://www.instagram.com/konasalon/
2024.01.23
先ほどのスケッチのTさんとはまた別で、ノガミ君が仕上げの仕込みの最中の長さ3メートルの壁付けキッチン。向かい側につく人工大理石の天板のペニンシュラタイプの作業台と組み合わせられて、Tさんの生み出すすてきなお菓子作られる空間ができあがるのです。キッチンの天板は白く見えるけれど、きちんとステンレスで制作しておりまして、これはその天板を養生しているビニールですのでご安心を。
明日には仕込みが終わって間もなく取付です。
Tさんの最初に描いたスケッチはこのような感じ。
2024.01.23
ペニンシュラキッチンでも勝手口がある間取りは好きです。
リビングのほうを見ながら作業ができるのは子供が大きくなってしまった今でもなかなか心地よいし(あまり料理はしないのですが)、アキコの手伝いする時などは向かいからおしゃべりしながら一緒に作業するというのがまた楽しい。
工房に来て家具の形を考えてそれを作り上げていくことも、家で心地よく暮らしていくための日々の作業もすべて同じで、スムーズに進めていくための分担はあっても、誰がしなくちゃいけないなんて言う決まりはないので、みんなで一緒に手を動かして、早く終わったらみんなで楽しくその時間を過ごす、というのが一番すてきな年の取り方なのではないかな。向かい合って作業をしているとそういう風に感じるのです。
それに勝手口があると、何か気まずくなったらそのままプィッと外に出られるのもとても良い。いつでもずっと仲良くなんてやってられませんからね、ははは。
「イマイさんにお会いしたくて、午前中の打ち合わせが終わったのですが、一緒に待っておりました。」と、とてもとてもうれしい言葉をかけてくださったTさんご夫妻。
そういう心地よさを感じ取ってくれたのかな。違うかな。この絵のキッチンの前に猫が居るからかな。それを気に入ってくれたのかな。
春に向かって数件のキッチンの制作が始まりました。
2024.01.19
シンプルで美しい形にまとまりました。
こういう言い方が正しいかどうか分からないのですが、さりげなく毎日そばに居てくれるような形になったと思います。
2024.01.18
美術館の館長を務めるKさんのこじんまりしているけれども豊かな空間に置かれたアイランドキッチンの記事を掲載しました。
アトリエとご自宅を兼ねた上品な空間に作らせて頂いたアイランドキッチンの記事と、2台のアイランドキッチンを掲載しましたので、お時間あります時にご覧頂けたらうれしく思います。
2024.01.14
工房から乗れる最寄りの電車は、神奈川県の真ん中を走るのに単線という相模線になるのですが、私はこの1時間に3~4本しか走らないゆったりとした電車が好きでして、今日も浦和のYさんを訪ねるにあたっては、この電車で北上しながら八王子や国分寺を通って向かっていったのでした。
昨晩の冷え込みもあって、八王子あたりで車窓から積雪が望めました。今朝も出てくるときは冷蔵庫の中のような寒さで手が痺れていたかったくらいでしたからね。
約2ヶ月ぶりに再会した食器棚ですが、Yさん、とても快適に使ってくださっていて、うれしそうにその様子を話してくださいました。
心配だった乾燥による扉の反りなどもまだ出ていないようで、またお手入れの方法をと思ったのですが、クルミの表面にはまだどこにもざらつきが出ていなかったので、普段使われている木製トレイを使ってオイルのメンテナンスの方法をお伝えして、皆さんからよく聞かれる引き出しの外し方や引き出しのものの入れ方のコツなどをお伝えしてきました。
楽しく使っている様子が見られるというのはやはりうれしい時間です。
Yさん、また何か相談があったらいつでもご連絡くださいね。
2024.01.14
暮らし始めて5年目の我が家。このお正月に変えた部分がありました。
玄関からすぐの場所にある、飾り棚というのか洞床というのか、という場所。
器やお花を飾ったり、リビングより涼しいので果物を置いたりして活用しているお気に入りの場所です。
住宅街の旗竿地にある我が家。北側はお隣さんが近いので窓はほとんど設けていないのですが、
お家づくり当時、設計士の福原さんからは、「お隣さんの家の壁が近くても明かりは入るし、ここは窓にしておいて、あとから気になるようなら、何かでふさぐこともできるし。」という話だったと思います。
ここは、防火のために、窓にしたとしても網入り型板ガラスを使う必要がある場所でした。
網入り板ガラスの様子。お正月の写真です。
人が通るとしてもお隣さんしか通れない場所ですし、このままでもよかったのかもしれないのですが、このガラスが目に入る光景に私が慣れなかったのだと思います。
ダイスケさんにお願いして障子の建具を取り付けてもらうことにしました。
(2年くらい言い続けてこのタイミングで叶えてもらうことができました。自分で作れないので、催促することもできないですし、難しいですね。笑)
障子のデザインも色々あるので、ふたりで色々見て決めました。
「和風は好きだけど、純和風ではなくて。長方形よりも、正方形の印象が残るような。かわいくなりすぎないで、シンプルに。」と話していて、あとは、ある材料から作りやすい形に、ということになりました。
敷物をせずに作業していますが自宅ということで。普段は養生して作業していますのでご安心を。
窓の前に壁が二つある洞床のようになっている場所ですから、取付当日ダイスケさんは、
「壁が膨らんでるよ。入らなかったらどうしよう。」
「手前の下がり壁が袖壁と同じくらい奥まってたら入らないな。」とか、ぶつぶつぶつぶつ言いながら作業をしてくれました。きっちり納まってありがたいですね。
ここの窓は開け閉めする窓ではないですし、障子を付けてよかったと感じる点は、暗くなって家の中の明かりをつけた時に、今まで窓に光が抜けていたのが、障子に光が映るので、前よりその場が明るく感じることです。
寒い時期なので、防寒効果もあるのかなと思いましたが、普通の障子紙なので、その差はあまり感じませんでした。
ここに結露が発生したことはないのですが、障子を付けることでちょっと心配になります。様子を様子を見ていきたいと思います。
そして、夕方、日の入り時間前に、障子やハニカムシェードが青く映るのを見るのが好きなので、その面が増えてうれしいです
窓が一か所障子になっただけと言えばそうなのですが、玄関を通るたびに、「お!障子じゃん!」と思って見てしまいます。(自分でそうしてもらったのですけどね。)
暮らしてみてわかることってたくさんあると思います。今はもう他に気になるところはないと思っていますが、これからの暮らしの中でまたきっと気になる点が出てくるのでしょう。
その都度、ダイスケさんと話し合って、ハルチイにも意見を聞いて、変わることを楽しみながら暮らしていけたらいいなと思います。
2024.01.13
軽井沢のYさんのキッチンと並行して、伊勢原のIさんのキッチンの塗装と仕込み部分を担当することになったタケイシさん。
Yさんで初めてのキッチン作りに取り組んだわけですが、今回はさらに納まりの難しいBOSCHのフルドアタイプの食洗機の仕込みを悩みながら進めているのです。巾木一つ作るのにも床にLEDで表示されちゃうものですから、それがきれいに映し出されるように工夫しながら進めるのです。
ひとつずつ勉強の毎日です。
2024.01.13
いつもお世話になっているTさんからご依頼頂いたお仏壇をノガミ君が年明けから作り始めています。
Tさん、私の母が亡くなった時に作った仏壇を見ていて、「そういうシンプルな形が良いのです。」というお話を頂いてこの形に。温故知新というか、シンプルな形でもなるべく昔からあったような素朴なというか素直な作りにしたいと思いまして、ノガミ君といろいろ相談しながら進めております。
クランプの先にさくらテープが乗っかっているのは、ここを通り過ぎる時にうっかりクランプにぶつからないようにねの合図。
もうすぐ全容が見えてきます。
2024.01.12
少し前からグラベルロードというバイクが流行っていて、舗装路以外のちょっとしたダートな道もロードバイクで走破するっていうのに憧れて、ディスクブレーキはフレームからして付けられないからせめてタイヤだけでもと思ってグラベル用のタイヤに履き替えたのが2年ほど前でそれから一度もパンクしなかったものでいつも快適だったのですが、今日になってうれしくはないのですがようやくパンク。
それなのに顎紐も外さないうちから、今日もアイが「外に出せ」ってせせこましい朝です。
んーもう、んーもう、って思いながらとりあえずご飯あげて着替えていたら、下でシャッターを開けるガラガラという音が。
こんな早くに!?と慌てて着替えて階下に向かうと、タケイシさんが「おはようございます。ノミと鉋の刃を研いでおきたいと思って。」と、支度を整えておりました。おぉ、頑張ってくださいね。
今日は納品がありましたが、私は数日前から頂いていた難題のような相談が重なってきたので、それをひとつずつ解決していく日でしたので、ワタナベ君とタケイシさんにSさんのところまで納品に向かってもらいました。
今から16年前に作らせて頂いた和室に置いて使うためのチェリーの扉付きの本棚。
こちらが当時の様子。
「ぐるり」
https://freehands.exblog.jp/9713199/
お引っ越しするにあたって、今のサイズのままでは次の部屋に運び込めない、ということで、昨年末に一度預かって、2分割して使えるように化粧し直したのでした。
そして今日がその納品日。新たなチェリーの部材はまだ色若いですが、そのうちまわりに追いついてよい色になってくるでしょう。
時間が経つのは早いのです。
2024.01.11
今日は強い風が吹いていて寒いね。
会社に着くころには手がかじかんで、ヘルメットの顎紐も外せないでいるのに、アイは「早く外に出せ。」って朝からせせこましい。倉庫の下を覗いて匂いを嗅いで、誰も来ていないって分かると、一緒に事務所に上がっていって、ご飯を食べたらポイポイ(最近のアキコの流行り言葉です)って出て行っちゃう。
みんなが来る頃にはすっかり居なくなってしまって、「おはようございます。」と挨拶を交わしながら届いたメールを見ていると、今年も仕事が始まったんだなあと何となく思うのでした。
今日は内田さん設計の住宅にキッチンを作らせて頂くのでその現地確認に海のそばまで。
駅で強い風に吹かれていたせいか、ゆったりと西に向かう暖かい電車内はまどろむ時間でして、到着すると身震いするくらいでしたが、内田さんや施工担当の市丸さんお久しぶりに皆さんとお会いして温かくなる。
「イマイさんも老眼ですか。」と市丸さん。
8年前に「土間」のZさんのキッチンの時に初めてお会いした時はどこかぶっきらぼうでおっかなそうな人だなあという印象だったのですが、それは素朴な印象の裏返しで、いつもよく面倒を見てもらってもうこんなに月日が経ってしまった。内田さんも私もすっかりおじさんで、それでもこうして賑やかに仕事をさせて頂ける日々をうれしく思うのです。
しばらくして、施主のSさんがいらっしゃって、「なんてすてきな屋根!」と言っていた美しい空間。
これからチェリーのキッチンを作らせて頂くのです。
2024.01.11
今年も皆様からの年賀状をいただくことができました。ありがとうございました。
年始のご挨拶もメール等のメッセージが主流になってきていまして、年々縮小ムードになっております…。
でも、いただけるとやはりうれしくて、ご家族の皆様で写られているお写真と共にメッセージを添えられているのを拝見すると、とても微笑ましく、ありがたく思います。
(都合がいい話ですよね、すみません。)
「今年も今井さんのお仕事楽しみにしています!」というメッセージをいただいました。
Kさん、いつもありがとうございます!頑張ります!
そして、今年は皆様が集まれる「参加して体験してよかった」と思っていただけるようなイベントを開催できたらと思っております。もしご都合が合うようでしたらぜひ遊びにいらしてくださいね。
皆様、今年もどうぞよろしくお願いいたします。
2024.01.09
年末年始の仕事を予定のやり繰りをしていて今日も工房はお休みとなっています。
そこで、アキコからずっと頼まれていた玄関の網入り硝子を隠すための障子を年始に作り終えていて(その話はアキコがどこかでしてくれるでしょう。)その取付を済ませてお茶を飲み終わったら、さて外に出かけているアイがそろそろ工房に戻ってくるころでしょうから、工房に戻らないと。
なかなか日が沈む前の機会は得られないので、久しぶりに夕方から走って工房まで行けることを楽しみに駆け出しました。
もう少しでマジックアワーがやってくるころかな、なんて思っていたのですが、今しばらくその時間まではありそうでしたので不意に相模大堰を渡って、厚木のほうに向かうことに。
そのまま、「季節が良くなったらこの道を歩いてみたいね。」とアキコが言っていた戸沢橋を厚木に渡ったところから始まっている桜並木の先がどんなふうになっているのか見てみようかな、と思ったのでした。そうして、南下して神川橋までの道程は今まで走ったことなどなかったので、走る速度もゆったりしてきて汗で体が冷え始めてきても何もかもが新鮮でとても楽しい時間だったのです。
普段は、通勤で通っているだけの自転車道をランニングしていても、もう見慣れてしまって気持ちが退屈していると、いかに速く走れるか、とか、歩道や自転車道を逆走してくる人たちが嫌だなあ、とか、小さなことばかり気になってしまって楽しめなくなっているような気がしていたのですが、こうして初めて通る道では何もかも新鮮で小さなことよりも、こちら側では新幹線がこのあたりで川を横断するのか、とか、この寒いのにこんなに羽虫が群れているのだなあ、とか、夕日を受けて赤くなる団地を見ていて子供の頃を思い出したりしてすべてが新鮮で小さなことは何も浮かんでこなかったのでした。
何も奇抜なことや目新しいことを常にし続けないといけないというのではなく、自分の気持ちがいつも新鮮でいられるというのは何事に取り組むにもとても心地よいことなのです。毎日が同じように思えてもそこには同じ時間が流れているわけではないので、その機微に触れられるような心を持ちながらきちんと過ごしてゆこうと、席にたたずむサギたちをみて思うのでした。
2024.01.08
年末年始の休みの間に1日だけ山に出かけてきました。
アキコと「緑あふれるところに行きたいなあ。」と秋頃からずっと考えていまして、以前に渋沢の山のふもとを歩いた感じが心地よかったのを思い出して、では1日ハイキングに出かけましょう、と選んだ場所は、念仏山と高取山を巡るコース。
秦野観光協会で紹介しているページにさらっと書かれていたので、スニーカーでも大丈夫じゃないかな・・、なんて思っていたのですが、「それはだめよ。」とアキコが譲らなかったのは正解。息を切らせての軽登山の様相でした。
まるで冷蔵庫の中のような寒さの高取山の山頂に到着すると、「何だかね、分かったの。」とアキコ。
「何がだい?」
「高いところに来るほど遠くまできちんと見えるっていうことが。」
それはそうだろうね。
そのままゴルフ場の横を通って、ふるさと公園で今晩使う大根を背負ったアキコとレモンとサツマイモを背負った私は再び秦野駅まで向かって14キロのハイキングでした。
さっきアキコが言っていたことってなんだろうね・・、と道すがら考えていたのです。帰宅してからアキコとその話になった時に、言葉にすると当たり前なのだけれど、高いところに登らなくても遠くの街の景色や様子って簡単に思い描くことができるようになってしまっているけれども、やっぱり実際に登ってきちんと自分の目で見えることとは感じかたが大きく違うんだよね、って思えたのです。
うわべだけで話してしまう、というと大げさですが、きちんと自分たちで感じたことを自分たちでうまく伝えることができないといけないのだよね、と今日が教えてくれたのでしょう。
2024.01.08
お正月やお盆休みになど長期休暇に普段気になってた暮らしのことを整えるという人は多いのではないでしょうか。
我が家もそうでした。
ハルチイが引っ越し当初から進学して、一緒だった子供部屋を間仕切りで仕切り、それぞれの過ごし方が落ち着いてきたのですが、収納スペースはきちんと確保できていないままでした。
収納を作ってもらえたらすてきだけど、ダイスケさんにはきちんと休んでもらいたいし、どうしたものかなと思っていたのです。(家具職人さんのいるご家族あるあるかもしれませんね。)
父が体調を崩して、暮らし方をコンパクトにしようと片づけ始めた母から、お正月に、不要になったというカラーボックスを預かったのです。捨ててしまうなら活用させてもらおうと、それをチイの部屋の持ち込んだところ、
それを見たダイスケさんから「作るから待ってくれる。」と一言。
チイに何をそこにしまいたいか聞き、採寸して一日で作り上げ、翌日持ち帰って取り付けていました。
「簡単に作ったものだから載せないでいいよ。」とダイスケさん。
物を置いた様子を写真に撮って載せてもいい?と聞くと「やだ。」とチイ。
ということでこれらの写真です。(笑)
間仕切りの角のRに合わせて収納棚もRになっているところがポイントです。
ハルの部屋は、元々使っていた無印さんのスチールラックに収納ケースを足して細々としたものをしまえるようにして整いました。机の上や床に置かれたままになっていたものの置き場が決まってよかったです。
明日からの新学期、より整った気持ちで向かてもらえたらうれしいです。
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