素材のあじわい、町のあじわい
「ナラとステンレスバイブレーションのペニンシュラキッチンと背面食器棚」
我孫子 N様
design:Nさん/daisuke imai
planning:daisuke imai
producer:hiroshi itou
painting:daisuke hirose
「建築家の内田雄介さんのご自宅のキッチンに憧れていて。自宅の設計をお願いできるわけじゃないのに、見学会にもお邪魔させて頂いてキッチンを拝見させてもらったのです。」
と、物静かなNさんご夫婦が目を輝かせてお話してくださいました。
なるほど、それはすてきなご縁です。
これで内田さんの設計の空間だったらもっとすてきなお話へと広がったかもしれませんが、設計士さんや工務店さんはすでに決まっていらっしゃいまして、でも、あのキッチンがそのまま据え付けられるような空間だけはきちんと考えていらっしゃったのでした。
内田さんのキッチンはやはり佇まいが美しいですものね。
ですので、その形は内田さんのご自宅のキッチンを基にして、Nさんらしい印象を加味して作り上げていったのでした。
そこで、今回使用した材は内田さんに習ってナラ材を選びました。
同じ樹種でホワイトオークという北米材がありますが、ホワイトオークはもう少し木目の印象が大きくて、と言うと、とても抽象的で分かりづらいのですが、何というか腕を大きく振り上げて描いたような迫力のある木目の動きがホワイトオークの特長で、そこにところどころ木目に合わせて黒みが入っていて少し無骨な印象を受ける材です。必ずしもそういう柄ばかりではないのですが、往々にしてそういう印象が多い材です。さらには、最近は乾燥の過程が良くないのか中で細かいヒビが入っていることが多い材でもあります。
ナラはどうかというと、もう少し色が明るい材が多いように思えます。そして木目の印象ももう少し細かいうねりが連続して緻密な表情を描いていて、どんどん大きく育った、というよりは時間を掛けてゆっくり育っていったという木目に見えるところがあります。
ただ、一見すると、どちらがどちらの材か判断しかねる部分もあって、私たちに工房に据えてあるキッチンとバックカウンターにはホワイトオークを使っていてキッチンはオークらしいダイナミックな感じに仕上がっているのですが、バックカウンターはナラではないかと思うほど木目が密になって揺らいでいる様子で、私たち自身でも見紛うことがあったりするくらい。
ということで、今回は木目が密な印象のナラ材を使います。
リビングから見える扉と側面のサイドパネルはナラの無垢材を使って、キッチンの収納側はコストダウンを考えて、そして、水に濡れやすい部分でもあるので、反りなどが起きにくいようにナラの突板を使って作ることにしました。
天板の仕上げは内田さんのところはヘアライン仕上げでしたが、Nさんはバイブレーション仕上げに。
ステンレスの選択肢もいろいろありまして、主にこの2種類の仕上げで作ることが多いのですが、厚みを何ミリにするかで意見が分かれることがあります。
私たちのところでは、通常は1.2ミリのステンレス板を使って天板を作っています。
設計事務所さんから1.5ミリ~2.0ミリで作る指定を頂いたりすることもありますが、そうなると曲げて小口を作っていく時に面の丸みが少し野暮ったく見えてしまうのです。アールが大きくなってしまうのです。
そこで丸みが出ないように天板の裏面に細工を施して、面をとがらせたりすることもできるのですが、手間をかけることはコストが上がることにもなってしまうので、実際にそのキッチンを使う人がそこまで求めていなければあまりそういった加工をすることはなく、今のところ1.2ミリを使うことが多いですね。
ただ以前に一度だけお客様から言われたことがありました。
1.2ミリで長い天板を作った時に天板に光が当たった時に映っている像が歪んで見えたのです。触ってもほとんどわからないのですが、天板を遠くから見て映り込む像を見ると揺らいで見える、いくら金属の板でも完全にフラットではないのです。
特にシンクを溶接している部分などが熱でひずみが出ますので、当然揺らいで見えます。
それがもう少し厚い板を使っていたらこのように揺らぐことなくできたのかなあ、なんてお客様と後日談になったことがありました。
最近では、HOT(ホット)バイブレーション仕上げというものもあります。
実はまだ天板に使ったことはないのですが、板金の高橋さんからもらったサンプルを見るとアルミに近いような白くてよりマットな印象です。
少し前までは聞いたことがなかった仕上げですので(私が疎いだけなのかもしれません)、どのような経緯で現れた仕上げなのか詳しくないのですが、いつも天板に使っている基材「No.2B」材ではなくて、「No.1」のHOT材にそのままバイブレーションを掛けて仕上げるのだということです。ですので、No.2B材へとうすく圧延する前の材になるので、5ミリ以上の厚みの天板しか作れないことと、また、「この材を一度で仕上げてしまうと、普通のバイブレーションのように再研磨ができないので傷の修正ができないんだよね。」と言われて、なかなか手を出せずにいます。
また、普通のバイブレーション仕上げでもメーカーによって表情が異なるのです。
以前に数回、指定があってほかのメーカーさんのバイブレーションの天板やシンクを使わせてもらったことがあるのですが、すこし表情が粗く感じたことがありました。触っても特に違いはなく使っている感じも特に問題ないのですが、光に当てると表情がちょっと荒々しくて、いつもお願いしている高橋製作所さんの印象が一番好きだったりします。
こんな思い出があります。
昔、一度現場でステンレスに大きな引っかき傷を作ってしまった時に高橋さんの職人さんに来てもらったことがありました。
あっという間にきれいに研磨し直してくださって、帰り際にちょっとお話していた時に私たちでもよく見かけるような研磨の機械だったので、「こういう機械で作業されるのですね。自分達でもできるようになるかな。」なんているお話をしていたら、「できるとは思いますが、私たちもいろんな機械で試したのですがあの表情出すにはこの機械が一番で。これが壊れちゃったらどうしようかな。」なんておっしゃっていました。
そういう取り組み方がこの表情の良さにつながっているのだなあと思えたのです。
あとは、ブラスト仕上げという細かい砂を吹き付けて表情を作ったような仕上げもありますが、「イマイさん、あの仕上げは指紋が目立っちゃって仕方ないからやめといた方がいいよ。」と高橋さん言われて使っていないのです。
あとは、エンボス仕上げという表面に凹凸があるステンレス板もあります。
これは強度を出すためにうすいステンレス板の表面積を稼ぐための仕上げなのかもしれませんが、あの表情が好きなので、というご相談を時々頂くのですが、「イマイさん、あの仕上げは切断や溶接した箇所を研磨して仕上げる過程でエンボス模様がつぶれちゃうことが多いので、イメージ通りに仕上げにしづらい部分があるんですよ。」と高橋さんに言われて使っていないのです。
そのようなわけで今のところはヘアラインとバイブレーションを主に仕上げとして採用しているのです。
で、Nさんはそのバイブレーション仕上げです。
と、ここでまたまた余談ですが、ヘアラインやバイブレーションにしてもステンレス板の表面に傷をつけて表情にしているので、そこに水が垂れると水の輪っかが後に残ったり、指紋がつきやすかったりします。そこで何か良い洗剤はないかと調べていて、アキコがいろいろ試してよかったと思っているのが、ダスキンのステンレスクリーナー。
セスキ炭酸ソーダで掃除していてもなかなか跡がきちんと取れないことがあって、このステンレスクリーナーを試したら、きれいに拭き取れたのでした。ただ、彼女曰く、このクリーナーもちょっと注意しないといけない点があるようで、「パラフィンが入っているから拭き取り後にきちんと乾かしてから使わないとパラフィンの跡が残っちゃうことがあるみたい。」ということで、まだまだ最適解は見つからないようです。(2023年2月10日現在)
こうして素材が決まって、形はとてもシンプルですが、内田さんの形を習いながらまとまっていきました。
Nさんとの打ち合わせは、「内田さんのようなキッチンにしたいです。」という強い思いを聞かせて頂いたところ以外は、お二人ともとても物静かでして、最初はどのようにお話を進めていったらよいのか、私がしどろもどろになってしまうような感じでした。
主にご主人と私とでお話をしながら、奥様がほんの少しお話する、という感じのスタートだったのです。
イメージ通りの形になっているだろうか‥、ってちょっと心配になったのですが、Nさん、何度もここに通ってくださって、そのうちにだんだんと奥様の意見がきちんと聞くことができるようになっていって、うれしかったのを思い出します。
やはり一番使う人の意見をじかに聞きたいですからね。
こうしていよいよ工事が始まります。
Nさんがご新居を建てる町は我孫子。
町のちょうどド真ん中あたりのこの地域は小学校から子どもたちの笑い声がよく通り、古い街並みのなかにNさんのような新しい家が少しずつ増えてきているゆったりとした住宅街。
工務店さんとの打ち合わせの時間まで少し早く着いてしまった私が近くで佇んでいるだけで違和感がありそうなくらい静かな町並み。
時間になってさっそく現地を確認させて頂きます。
つっけんどんそうに見えて実は気配りが優しい大工さんのような監督さん(と言うか監督さんが大工さんでした)と物腰穏やかで静かな印象の設計士さんが応対してくださって、現場はちょうどボード張りの最中というところで、あらっもうこんなに進んでいたのですね、とちょっと焦る。
今回は無垢を多く使うので、少しでも制作の時間を長めに取っておきたいところでしたので。
で、いろいろとお話を聞くと、造作する部分も多いので、キッチンの設置工事までは今しばらく時間が取れそうということでひと安心。細かな段取りも事前にしてくださっていてとても仕事しやすい状況を作ってくださっていました。
それでいよいよ制作に取り掛かります。
無垢材を使って作る中で一番困難な部分は引き出しよりも扉です。
扉は蝶番だけで支えているので、木は比較的自由に動いてしまいます。扉の内と外で温度と湿度が変わるとすぐに動いてしまって、特に室内は乾燥する環境になることが多いので、外側に向かって縮んでいくことが多いのです。そこで反り止めを施したりと工夫をするのですが、その加工がなかなか手間が掛かるので、無垢材を使った形というのはコストにその分反映されてしまうのです。
そういう木の動きも手間のことを考えても無垢の表情が好きなのですと言ってくださったNさんの扉はさっそく動き始めていましたが、しばらくすると落ち着いてくることを願って仕上げていくのです。
そうして、大工さんの木工事が終わって、壁の左官工事が始まる前のタイミングで設置工事に入ります。
我孫子ですのでノガミ君、カイ君、ヒロセ君の3人には泊りがけで作業に臨んでもらいまして、監督さんがうまく段取りしてくれていたこともあって、2日間かけての作業は無事に完了。
最近はありがたいことに遠方からもお声掛け頂く機会も増えてきましたので、泊りがけの作業も増えてきましたね。
それはそれで、皆リラックスして仕事ができるのでよい影響になっているとうれしいのですが。
そうして、無事に設置が終わって、引き渡しも終わって、それからしばらくお会いする機会が取れませんでしたが、それから約1年後にこうしてあらためてご挨拶する機会を頂きました。
「イマイさんのところに行くのは、妻も子供たちもちょっとした小旅行気分でいつも楽しかったのですよ。」とNさんがおっしゃってくださったように小旅行ですね。(笑)朝から出掛けて、工房に戻った時はすっかり日も落ちておりました。
ちょうど1年前くらいですね、このキッチンを設置したのは。
Nさんも奥様もその物腰の穏やかさどおりにとても丁寧にキッチンと食器棚を使ってくださっていてうれしくなりました。
こうして見てみると家自体も工務店さんがとても丁寧に作ってくださっていることが分かる仕上がりで、良い場所だなってホッとしたのです。
「駅の反対側に比べてこちら側はあまり人気がないので。」って、さっきNさんおっしゃっておりましたが、駅から歩いてきて思ったのは、静かで木がさらさらいう音が聞こえて、学校も近くて、すてきな場所だな、ということでした。
そこに住むことって、家の中だけじゃなくてやはり環境が大切ですよね。
自分の町に着いたとたんにホッと安心のひと息が出るような場所というのはすてきなことです。
Nさんらしい町だなあ、なんてしみじみ思いましたっけ。
天板 | ステンレスバイブレーション |
---|---|
キッチン側扉・前板 | ナラ板目突板 |
側面・リビング側扉 | ナラ板目無垢材 |
本体外側 | ナラ板目突板 |
本体内側 | ポリエステル化粧板 |
塗装 | オイル塗装仕上げ |
ナラとステンレスバイブレーションのペニンシュラキッチンと背面食器棚
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