
もちもちくん
2025.06.15

高校生になるまでは、今では「本格的なベトナム料理が食べられる場所」のように言われているいちょう団地に住んでいた私にとって、お豆腐の匂いというのはけっこう懐かしい匂いだったりするのです。
今でこそ、大きな生鮮食品店で買い物することが日常になってしまいましたが、私が小学生当時は、大きなマーケットに行くのは週末に行くことができるあのハンバーガーが食べられる(ハンバーガーは当時ご馳走でした)巨大な「ジャスコ」だけで、普段は「相鉄ローゼン」、時々「オーケー」、簡単な買い物なら「いちょうショッピングセンター」というのが我が家の日常でした。
私は団地の一桁台の番号棟(数字が大きくなるほど高層になるので、大きな数字に住んでいる子たちがうらやましかったものです)だったので、ローゼンやオーケーはちょっと距離があって、一番気軽に行けるのはいちょうショッピングセンターだったのです。
あの頃はまだ子供が多くて、(私が通っていた小学校もマンモス校と呼ばれるくらいの児童数だったような気がします。)堺川を渡ると、大和側と横浜側で学校も違うし遊ぶ公園も違うからなのか何となく空気が違うように感じて、毎回どこか遠くに来てしまったような思いがよぎるのですが、歩いて5分でたどり着くこのショッピングセンターに母にくっついてよく来ていました。
いちょうショッピングセンターは、大和市側のいちょう団地の始まりにある小さなショッピングモールというのかな、お肉屋さん、パン屋さん、床屋さん、本屋さん、そして、お豆腐屋さんも。
子供の時分はそれほどお豆腐が好きではなかったので、どちらかというと、お肉屋さんで揚げたてのメンチカツを油紙をバリバリさせながら包んで最後に輪ゴムでバチンって止めてくれたのをよく覚えています。
お豆腐屋さんというとどこか静かで何となく入りづらかったのですが、あの独特の匂いは豆の匂いなのかながすぅーと鼻に入ってくる感じとお豆腐を救い上げる時の小さくポチャっていう水の音と青白いタイルの室内をよく覚えているのです。
Kさんからキッチンカウンターの相談を頂いた時に教えて頂いた住所は、大山の小出とうふ店さん。
大山は毎年登るほど元気はないのですが、時々気持ちを整えに出かけておりましたが、実はお豆腐料理はまだ頂いたことがなかったのでした。いつも疲れちゃうからお肉ばかり食べておりましたので。
そのKさんからのご依頼で、昨年末にキッチンカウンターを納品させて頂いたのですが、昨日、アキコと二人でお邪魔させて頂いてようやくその使っている様子を拝見させて頂くことができたのです。
「キッチンメーカーさんもいろいろ回ったり話を聞いたのですが、思い通りの形をって考えていくとどんどん金額が上がってしまったりして。そういう時に、家具を作ってくださるところがあるって分かって、自分の使いやすい形になるならオーダーしたいなと思い至ったのです。」
「子供たちも大きくなったから二人暮らしのようなものです。」と、カウンターはとてもきれいに使ってくださっている様子が分かりました。
オイルのお手入れ方法とステンレスのお掃除方法をお伝えして、帰りにはお店にもお邪魔させて頂くとあの香り。ふーむ、良い匂い。
「そうなのですね、私は毎日居るから分からなくなっちゃって。(笑)」とKさん。
豆腐をすくい上げるポチャっていう音と、青白いタイル。何だか小学生に戻ってしまったようだ。
まずは冷奴で。
創業140年を超えるというお豆腐はまろやかでもちもちしていてしっかりした食感でお酒に合うね。
次は湯豆腐ですかな。