
人情とおりみち
「ステンレスバイブレーションとタモ柾目のコの字のキッチン」
北区 N様
design:Nさん/daisuke imai
planning:daisuke imai
producer:iku nogami
painting:honoka takeishi

たしか最初にお話をいただいたのは、ハルが中学生でチィが小学生の時だったでしょうか。
何年前か忘れてしまいましたが、コロナが流行るだいぶ前だったような気がします。
何故をそれを覚えているのかというと、私は会社の電話は普段自分の携帯電話に転送させてしまっていたからです。
以前にまだ父が現役でこの工場を切り盛りしていた時には電話の出かたなどを私を含め他のスタッフと一緒に覚えたものでした。
特にこの仕事につきたての頃は、「はい、フリーハンドイマイです。」と名乗ることがなんだか気恥ずかしくて、「はい、イマイです。」なんて言っていましたっけ。
まだ、工房の目の前に焼却炉があった古い時代のお話です。
その内電話にだんだん慣れてくるのですが、次第に父よりも私が仕事を受け持つ量が多くなってくると、家具を制作している途中で電話が鳴ったりして手が止まると、調子よく進んでいた作業のリズムが止まってしまって、電話の内容を書き留めたり、場合によっては事務所に戻ってパソコンを立ち上げて図面やメールを確認したりと、別のことに頭のスイッチが切り替わってしまうと、またそのリズムに戻るために時間が掛かることが多くなっていって、だんだんと電話を受けることが苦手になっていったのですね。
特にインターネットがこれほど普及してしまうと、メールやSNSのやり取りのほうがその内容も記録できるし、自分のタイミングで返事が送れるので、だんだんと電話が遠ざかっていってしまったのでした。
と、そういう思いをスタッフみんなに抱かせるのはなんとなく嫌だなあと思って、今では工房の電話はほとんど鳴ることなく、私の手元のスマートフォンが鳴るのです。

そして、ちょうどお休みの時に私たち家族は箱根彫刻の森美術館を訪れていたのでした。
混む前にと早くから到着できて、さっそく入場ゲートをくぐって、久々に目にする弓を引くヘラクレスが現れたあたりで、スマートフォンがプルルとなったのでした。
その電話に出てみると、私よりもいくらか年上に感じられる男性の声で、「突然お電話してしまいましてすみません。私は設計事務所を営んでいるNというものですが、今北区のほうで改修工事を予定しておりまして、施主が御社のキッチンを気に入っておられるのだそうで、それでお電話させて頂きました。」ということでした。
その場でメモが取りにくかったので、事情を説明して後日あらためてその設計士のNさん(お施主様もNさん)から概要についてメールでお送り頂けることになったのでした。
内容としては、北区にお住まいのNさんご家族がご実家を改修してご新居にするということでした。
おおよそ間取りは決まっていて、キッチンについては私たちのキッチンを希望されていて、さらには奥様の強い希望でステンレスの天板はL型にしたいということなのでした。
なるほど、とてもありがたいお話です。

しかし、問題が少しありました。
最初にメールを頂いてしばらくしたのちにこのショールームまで設計士さんとNさんのご夫婦で打ち合わせにいらしてくださったのですが、そのお話のなかで1階にご両親が暮らして、2階にNさんが家族が住まわれるということを教えて頂きました。
なるほど、そのキッチンをL型の天板するとなると搬入はどうなるだろう・・。と、その点ばかりが気になって仕方なかったのでした。
私たちとしては、ステンレスの天板を2分割で作るとつなぎ目の隙間が出る可能性が大きく、特にリノベーションとなると、ある程度建物の築年数は経っているでしょうから、壁の垂直や床の水平が少なからず動いてしまっていて、L型が直角に据えることができなくなる可能性があるので、できればL型のままで天板を作りたいところ。
そして、Nさんももちろん継ぎ目がない形にできたらうれしいですとのこと。そうですよね。
すると設計士のNさん。
「それなら、窓の高さを大きく採れるように設計しましょうか。それなら天板を縦にした状態で運び入れられますからね。ちょっとそのようにプランを考えてみます。」と力強いお言葉。
おぉ、それならすべての問題が解決というわけではありませんが、とても大きな心配事が一つ減ったのでほっとひと安心。
あとの細かいな検討部分はどうにか問題なくクリアできそうですので、あとは工事の開始を待つばかりでした。
と、いう時期にきて突然工事が止まってしまうことに。
そう、新型コロナウイルスが蔓延する状況になってしまったのでした。
この時はすべての工事が止まってしまった時期でもありまして、Nさんの工事も御多分に洩れず、先の見通せないまま延期となってしまったのでした。
どうなるのだろうか・・。
なんて当初は心配していたのですが、一向に返事が来る様子もなく、気がつくと、あのプランがまとまった時からもう4年ほどが経っておりました。
「イマイ様、お世話になります。
以前、N様邸のキッチンの発注寸前でコロナその他の事情で進行が止まっていましたが、また再開したいとの連絡がN様より来ました。
内容は変わりませんが2年以上経過していますので、再度見積もりをお願いしたくメールしました。
よろしくお願いします。」
といううれしいご連絡。
いったんストップになります、と言われてから、いつかは再開することを願って資料は保管してありましたので、それを基に話を再開することに。
そして再開から約1年後にようやくプランが決まったのでした。ここまで長かったですね!
いよいよ工事が始まって解体が終わったタイミングで現場にお邪魔させて頂くことに。

事前に設計士さんから、現場には車が横付けできないので手運びになる部分が多いかもしれません、とドキドキするようなことを言われておりましたので、グーグルマップでは事前に確認しておいたのですが、実際に現場に到着すると、これはなかなか大変そうだ・・、と頭を悩ませたのでした。
Nさんのご実家は駅からの目抜き通りというわけではないのですが、ご近所さん形のちょっとした買い物ができる昔ながらの商店街になっておりまして、太い幹線道路から少し奥まった場所に建っていたのです。
幹線道路から商店街があり、その商店街から路地を入るとようやくたどり着く、という感じで、その路地は軽自動車でも通れないかもしれないくらいの感じ。
商店街に路上駐車するのもなかなか気が引けるし、L型の天板をコの路地を手運びするのか・・。
不安になるのでした。
さらには現場となる2階に脚立を立てたいところでしたが、前庭部分がちょっとこじんまりしていてまともに脚立を開くことができなさそう・・。
さらには、窓は改修しないそうでして、腰高よりも気持ち低い窓のままになっている・・。あら、天板を縦に入れることができないじゃないですか・・どうしよう・・。
でもどうにかすれば何とかなるかもしれないけれど・・という感じだったのです。
これはできれば天板を分割したいかなあ、と思っていたところに、Nさんご家族もいらしてくださって、「イマイさん、どうでしょうか・・。」と心配そうな表情。
奥様がL型の一体天板をとても楽しみにしていたのを考えると、即答で無理ですともなかなか言いづらく、「う、うまくすれば、横に寝かせた状態でくるりと回すように運び入れることができるように思えます・・。」とお伝えしてしまったのでした。
たしかに窓のまわりにはよけいな壁は立たないので、天板を水平にできれば回すようにして運び入れられる感じはあります。
ただ、水平にするには水平にできるような工夫が必要だ。下から水平になるように持ち上げるには背の高い脚立を建てないと無理だし、そもそも脚立が完全に開くほどの庭はないし・・。
ということで、想定していたのは、2階で2人で受け取りつつ、下から1人が上げつつ、3階から天板のお尻に結び付けたロープを引っ張って水平にしようという計画だったのです。
でもうまくいくのかな・・。
そんなはっきりとした計画が立てられないまま、でもどうにかなりそうだという根拠のない自信を持ちつつ制作が進んでいくのでした。
そして、搬入当日。
ちなみにここの工務店の監督さんが私よりも少し年上の方で、かなり無愛想な印象でして、最初の現場打合せの際も「なんだかキッチンだけ施主が連れてきた業者を入れちゃって・・」という感じのつっけんどんな対応で周りの業者さんのほうが気を使ってくれてどうにか給排水や電気の納まりがまとまったという感じで、かなり苦手な印象だったのです。
そして、搬入当日も、「何この大きな天板、ここから入れられるの?大丈夫なの?」とスタートからあまり良い感触ではなくて、「どうにかするから大丈夫です!」と、少しあきれた表情の監督さんの視線を感じながら、とりあえず屋内から入れられるキャビネットたちなどの細かいものを先に手分けして搬入していきました。
現場の状況としてはまだ大工さんが造作の真っ最中で、キッチンの設置はこのタイミングではなくてもう少し後の時期のほうがよかったのではないかという感じでして、搬入の間は大工さんに手を止めてしまうことになってしまって、大工さんたちが路地で一休みしている前を商店街の入り口から現場までの路地を私たちは往復するのでした。
ちょうど7月の終わりでなかなか暑い日でしたので、汗が止まらずに搬入する姿を見かねてか、ちょっとおっかなそうな大工さんが「天板の搬入は良かったら手を貸すよ。」と言ってくれて、するとなぜだか監督さんまで「じゃあ、やるか。」と。
それがたいへんありがたかったのでした。
実際、天板の搬入は私の想定通りに進めようとロープや脚立を準備したのですが、2階の窓の少し先に電線が通っているのを見落としておりまして、水平にしようとすると電線にぶつかってしまうことが分かりそれ自体が困難なことが分かったのです。
そんな時に大工さんに声を掛けて頂いて、結局2階ではノガミ君とヒロセ君と大工さん2人に監督さんまで手を貸してくださって、下からは私とワタナベ君とタケイシさんとでどうにか押し上げて、そのまま力ずくでどうにか揚げることができたのでした。
「ようく揚がったよなあ、良かったよかった。」とここから監督さん、なんだか急に優しくなったと言うか、私たちの施工に寄り添って話をしてくれるようになったというか、仕事がしやすくなったのでした。
何かを認めてくださったのでしょう、ほっと安心したのでした。
おかげさまでこのあとは壁や床のひずみはありましたが、きれいに設置することができて無事に完了。
無事にお引き渡しが終わってからアキコと二人で挨拶に伺わせて頂いた時にいろいろなお話をお聞きすることができました。
打ち合わせの時はどちらかというと設計士さん主導でお話が進んでいったので、Nさんの人となりが見えない部分もあったりしたのでうれしい時間でした。
「設計士さんや監督さん、以前からああいう感じなのでやり取りもたいへんだったでしょう、イマイさん。(笑)」
設計士さんも監督さんもNさんのご両親の代からお付き合いのある方々ということで、まるで親戚のおじさんたちのような感覚で。だからみんなざっくばらんな様子だったのかもしれません。
Nさんの奥様のご実家ということで、奥様も子供の時分からこの場所で暮らしていて、ご主人も近くで育ったということでこの町のことを懐かしそうに愛おしそうに話してくださいました。
祖父母の暮らしていた文京区の白山を私がまだ小さい時に迷い歩いた頃を思い出しました。
裏路地では子供たちの喧騒が響いていて、通りでは美味しいおこしが売っていて、蕎麦屋さんから食器を洗う音が聞こえてきて、何だかそこかしこが賑やかな感じ。
人情という言葉が浮かんできました。
なんだかそこらじゅうみんなが温かいのですね。
| 天板 | ステンレスバイブレーション/タモ柾目幅接ぎ無垢材 |
|---|---|
| 前板・扉 | タモ柾目突板 |
| 本体外側 | タモ柾目突板 |
| 本体内側 | ポリエステル化粧板 |
| 塗装 | オイルノーマルクリア塗装仕上げ |
ステンレスバイブレーションとタモ柾目のコの字のキッチン
価格:1,820,000円(制作費・塗装費、設備機器費用は別)
*運送搬入費・取付工事費が別に掛かります。
(目安として、運送搬入費は50,000円から、取付施工費は170,000円から)





























