
ようこそ、檜洞丸へ
2026.08.24











「今年は一度も海水浴ができなかったから、その日に出掛けようか。」なんて家族で話していたのですが、ハルは予定が合わず、チィも明日から始まる学校に備えてそんなことはしていられない、ということで、二人きりになってしまった私たち。
アキコの咳もすっかり良くなっていたし、また山に行きたいね、という話をしていたこともありまして、「前回のシダンゴ山がとても心地よかったからね。では、久しぶりに出かけようか。」と目をつけたのは檜洞丸(ひのきぼらまる)。
アキコが手に入れていた山歩きのガイドブックには難易度☆二つ、となっていて、標高は高いようだけれどスタート地点も高いのだから、大丈夫じゃないかな、なんて思っておりました。
起点の西丹沢ビジターセンターは過去にまだ子供たちが小さかった頃に出掛けた「畦ヶ丸」の入り口の本棚までは出かけたことがあったので、気持ちは軽々。
しかし、前日から時折強い雨が通り過ぎていたような天気でしたので、「ヒル怖い、クマ怖い・・」なんて思いながら、迎えた朝。どんよりの空を眺めて、別のところに出掛けるほうが良いのでは・・と思いながら再び布団に。
そして、予定よりも40分ほど遅く起きると、アキコはすでに何やら穴息荒く意気込んでおりまして、「とりあえず行こう。お天気が厳しそうなら途中で降りればよいし。」と早々に洗いあがった洗濯物を干しながら強い決意を見せるのでした。
私は、昨晩のウイスキーで腫れぼったい顔をひっぱたきながら仕方なく支度して、いざ出発。
ビジターセンターの駐車場、ちっちゃいから埋まっちゃわないかな・・、と遅く起きた自分が悪いのですが、そんな心配しながらも、無事に駐車することができて、のんびりと「畦ヶ丸」とは別の登山口へと向かいます。
出だしの気分は上々だったのです。
でも、だんだんとガイドブックと違うじゃん・・、と息が切れてくるのでした。
あとでいろいろな人のブログを見てみたら、それなりの経験があることが望ましいって書いてあるじゃん。私たちはもっぱら初心者なのに。
出発点の「つつじ新道登山口」は、緑が覆いかぶさってくるような谷間を沢の音をそばに聞きながら丁寧に登ることができる道でとても心地よく、アキコのペースもとても良い。
しばらくして、「ゴーラ沢出合」と呼ばれる登山道に川が横断するポイントに到着。
彼女は器用に石を渡るけれど、私は「心地よさそう。」と浅くなったところをそのまま横断。本棚に行った時もそれほど濡れなかったしね、と思ったけれどしっかり靴には水が浸み込んでしまった。
そして、ここから2.9キロの急登が始まります。
「経験者向けの登山道です。自身のない方はここで引き返しましょう。」という看板に少しおののくアキコ。初心者向けコースだと思い込んでいる私はどうにかなるだろうと深く考えずに進むのでした。
時々はしごや植生保護のための木道があるのですが、岩場が多く鎖場もあり、ひと一人分の道幅で両脇は急坂という稜線を歩いているかのような道まであって、進みはかなり遅々としてきます。
そして、次第に雲の中に入り込んでしまったせいか急に音が消えて、周りは数メートルしか見えないくらいになってきました。
こんなにきつかったっけ・・、年齢のせいなのだろうか・・。とかなり息が切れてきます。
アキコは元気はあるけれどペースが一気に落ちていき、二人とも不安な面持ちで心身ともに辛くなってくるのでした。
特に上りはおじいさんと息子さん(かな?)の二人組と、「展望台」付近で、「ケモノの声!?」と勘違いしてしまった休憩中におしゃべりしていた壮年の男性二人組だけ。
反対に下る人は3組程度のすれ違っただけで、雲に音が消されると本当に私たちだけになってしまったような心細さ。
そこからは、100メートル進むことがかなり大変だと感じながら、ひたすら案内板の数字が減っていくのを励みに足元に気を付けていたら、急になだらかな木道が現れて、整備されていることにとてもありがたさを感じながら無事に登頂。
いやいや、登ってしまえば気持ちが良いじゃないか、と雲のなかで展望も何も得られない山頂の景色だったのですが、広く開けて休みやすく、気持ちが次第に軽やかになってきます。
少し下の山荘まで出かけてトイレをお借りして腹ごしらえをすると、先ほどの不安感はどこかに元気が出てくるのでした。
「このガイドブックを見ると、帰りは同じルートじゃなくて、こちらの「犬越路」でも距離は長そうでも時間は同じくらいで行けそうだね。基本下りだから今よりは楽なのではないだろうか。」と、同じ道を戻るのはつまらないのではないかという思いで、アキコを説き伏せるようにして周回コースを巡ることに。
「私でも大丈夫かな。」と少し顔をこわばらせておりましたが、難易度☆二つなら、登ってきたくらいの勾配なら大丈夫だろうと思い、その道を目指します。
しかし、道が狭い。
山頂から案内板がなければここがその道なのか、と思うほど狭いスタート。
その狭い道が程なく終わると梯子の連続が始まります。そして、その梯子の下が雲のなかでまったく見えない・・。
ここは生者の道なのか・・。
梯子が終わると細い道が始まるのですが、あとから調べると、お天気が良いとずっと先の山々が見えて自分がその稜線を歩いていることがはっきり分かるのだそうですが、今ここは両脇は急な山肌が見えるばかりで間もなくそれも雲に飲まれてしまっていて、まるでここが奈落のように見える細い道に見えてきました。
すでに急な梯子を下りてきてしまって、戻るのも気持ちが辛いという思いでしたので、何だかわからない気持ちに後押しされてただ虚ろ私たちは無言で進むのでした。
すると次第にまわりは植生がひしめいてきて、かろうじて幅30センチくらいの踏み固められた土の道が見えるだけになります。
さらには次第に笹が両脇に迫ってきて、道もすべて覆いつくすくらいで草をかき分けながらかろうじて見える土の色だけを頼りに進みます。
土の道にも草が生え始めていました。
最近このあたりは誰も通っていないのでは・・。このまま進むのはまずいのではないだろうか・・。
何となく、昔の読んだ怪談の「邪視」という話がよぎりました。
自然のなかでは、勝手に山に分け入る私たちのほうがよこしまな生き物なのじゃないだろうか。
ちなみに案内板は「犬越路」まではありません。
そして土の道が途絶えると本当に急に岩場が連続し始めます。
この岩場がかなり辛くて、二人とも後ろ向きにしゃがみこんで岩をつかみながら下りないと降りられない箇所が何ヶ所も。
どこに足を掛けたらよいかがよく分からず、さらには湿気で滑るわけで、さらには視界はほぼゼロで、先ほどまで賑やかにさえずっていた鳥たちの声も急に消えました。
アキコはこの時、「無事に帰れるのかな。」と思っていたそうです。私も思っていました。
でもそんな不安が起きると不意に木道が現れたり、はしごが現れたりして、人の手が入っていることに急に元気付けられます。
それでも時折、強烈な牧場のような匂いがしてきたり、大きく土が幌起こされた跡があったり、さらにはほんとうにほぼ垂直な鎖場が現れたりして、気持ちが不安に戻されるのです。
何かに試されているのではないかとこの登山のなかで、自分の中に潜む疑心暗鬼に出会ったりして、そういう気持ちがすべてを悪い気持ちにさせるのだと奮い立たせたりと、なんだか自分に向き合う時間になったのでした。
雲が黒くなってきて、いよいよ雨なのかも・・と感じていた矢先、ようやく「犬越路避難小屋まで200メートル」という案内板が現れて、本当に緊張の糸が切れそうになりました。
それほど、常に滑落やけがの心配をしながらの下山で、鍋割山よりも比べ物にならないくらい気持ちがきつい下山でした。
この時にアキコにもようやく笑顔が現れて、ひと安心。
ここからは、谷間を沢の音に向かって歩いていく心地良い下山。
雲ははるか上を漂っており、幸い雨は降る気配はなさそうで、陽射しも入り込んでくる。
そして、1時間ほど下ると「用木沢出合」と呼ばれる再び川を御横断するポイントに到着。
「ねえ、ひと休みして足だけでも浸かっていこうよ。」とアキコが元気そうにそう言いました。
良い提案です。
ひと休みして川に足を浸すと、疲れが言葉の通りすぅっと引いていきます。元気が戻ってきました。
ここからの道程は、生き物たちの息づかいが感じられるようで、また緑たちも私たちを襲ってくるのではなく、優しく包み込むような空間。
岩たちも上で感じた拒絶するような鋭さはなく大きな体を横たえてただ見つめてくれているような感じ。
そんな温かさを感じながら無事に鉄橋に到着してゴール。
ここからはキャンプ場の横の道路をビジターセンターまで戻って終点。普通の道が歩けることがこんなにもありがたく感じるとは。
8時30分にビジターセンターを出発して、ここに戻ってきたのは16時を回っておりました。
戻って調べたら、檜洞丸は「西丹沢の盟主」と呼ばれる丹沢山地で4番目に高い山だそうで、そういう山に教えてもらったのだなと、自分の浅はかさに反省したのでした。
