その場所、人を表せる形に

「ウォールナットのリビング壁面収納のオーダー」

大磯 O様

design:Oさん/daisuke imai
planning:daisuke imai
producer:yasukazu kanai
painting:yasukazu kanai

ブラックウォールナットのリビング壁面収納

最初に提示させて頂いたスケッチ。直接ご意見を聞けていないということもあって、かなりオーソドックスな形。このまま実現していたらやっぱりちょっと野暮ったかったかも。

どうやら私の留守の間にOさんがいらしてくださったらしい。
用事を済ませて会社に戻るとアキコがそう言っていた。
「うーん、私たちの両親よりは少しお若いくらいかな。」

この年になると(2020年現在45歳でございます。)、なかなか年上の方からご相談を頂くことは少なかったりします。
私たちに家具のご相談をくださる方々の年代って、若い方ですと、20代後半から年上の方で私よりも少し上くらいの方までが多いです。
タイミングとしては、ちょうど結婚を機に、もしくは子供が生まれるのを機になどの大きな人生の節目で家を建てられる皆さん、が一番多いのですが、もう一つ多い年代が、子供が独立するので夫婦だけで済みやすいコンパクトな家に変えようと考える皆さんでOさんはきっとそういうお考えだったのかなと思えたのです。

ブラックウォールナットのリビング壁面収納

そして、実際にできあがった全体の印象。今回はブラックウォールナットの柾目材を使って作っています。ブラックウォールナットは一般的に紫外線を受けて色が抜けていくので日増しに茶色が強く明るくなって、重みが取れた良い印象になっていくと思うのです。


ブラックウォールナットのリビング壁面収納

本文内で書いている少し分かりづらいかもしれない部分のこと。端の板とデスクとリビングボード部分を分ける仕切り板の様子。カウンターと上下の仕切り板が交互に入り組んで構成される形になったので、数ミリの誤差が出ちゃうといろんなところに影響される形なので、いわゆる逃げがない作りになっています。

そういう少し年上の皆様と打ち合わせする時に時々困ることがメールでのやり取りが慣れなくて難しい、という場合があるのです。
電話やFAXという方法もあるのですが、FAXはお持ちじゃない方々も増えてきていますし、電話は基本的に私が苦手でして。
電話って気軽に相談できてすぐに答えを伝えることができたり受け取ることができるので、とてもスマートだと思うのです。
でもそのスマートさが、かえってきちんと責任が持てる答えができない時もあったりして。
「あの、ザックリでいいので・・。」
「だいたいのお値段を・・。」
と気軽に聞いてくださるのはうれしいのですが、しゃべりながら計算するのってなかなか難しかったりするわけで。
「ええとですね、うーんと・・。」なんて言いながら頭の後ろのほうで考えるのですが、その場で大まかにって言うのがとても伝えづらいのです。
家具の作り方を考える時って、木材をどのくらい使って、金物をどのくらい使って、と使う材を拾い出して、その形を家具を作るのに何日掛かるかって考えてようやく制作費が出せるのですが、これがなかなか悩ましいのです。
このサイズまでならいくら、そのサイズならいくらっていうように簡単に割り切れたらよいのですが、やはりそうはいかないわけです。
家具全体の大きさが同じサイズでも、幅15センチの細い引き出しが1カ所あったりすると、その細い引き出しに使うスライドレールを固定するのにはドリルが入りにくいからガイドを使って固定したり、扉や引き出しがインセット(家具本体の中に入っている状態)か、アウトセット(家具本体の手前に扉や引き出し前板がついている状態)で仕上げに使う材料も変わってくるし、材をカットする方法も変わってきて、加工手間も大きく変わることもあるのです。
あの時電話でいくらって伝えた金額は、細かくご要望をお聞きしていくと、大きくかけ離れてしまうこともあったりして。
で、それを電話で伝えていると、自分があの時どうしてそう伝えたのか根拠をうっかり書き忘れてしまったりして。
どういう「なんとなく」がいけないと思いますので、電話は苦手だったりします。

ブラックウォールナットのリビング壁面収納

飾り棚の印象。細い枠の框扉が連続する形はやはり美しいです。軸吊蝶番を使うので、扉が閉まっている時に保持するためのキャッチが必要になるのです。そのキャッチもアクリル越しに見えないようにしたかったので、木口に埋め込むタイプのマグネットキャッチにしています・ここでクイズ。マグネットキャッチとマグネットラッチの違いは何でしょう? キャッチは閉めた状態で保持するだけの物。ラッチは保持しつつ、開ける時に押すとポンと出てくるバネが仕込まれているものを差します。

そのようなわけで、ご年配の方に限られているわけではないのですが、そういう皆さんにもきちんと表現できるようにって思うと、もう絵を描いて伝える方法が一番良いかと思っております。そもそもCGができるほどの技術があるわけでもないですから、なるべく自分が伝えたい部分がきちんとわかるような絵にしよう、そう心掛けて伝えることにしたのです。
絵に描いちゃえば、ここはこういうふうに作りたいから、ここはこういう使い勝手にするためには、というのが伝えやすくて、あとあと見返しやすいわけです。
もともと絵がそれほど上手というわけではないのですが、描いたりすることは好きでしたので、それを何度も繰り返しているうちに、皆さんに見せられるようなものが描けるようになってきました。
「手描きなのに、寸法のバランスがとれているって素晴らしいですね、さすがフリーハンド。」
はははっ、ありがとうございます・・。

ブラックウォールナットのリビング壁面収納

下の扉のいつもの手掛け。この加工を始めた当時は、「ベロ付き」とか「つば付き」とか読んでいましたが、今では化粧板メーカーの呼び名が通っていて、「J型」っていうのです。たしかにJの字だ。

ちなみにもともと父がつけたこの社名は、自分たちの手は何でも生み出せるんだよ、という意味でフリーハンドという言葉を入れたのだと言っていたような・・。
どこかでも書きましたが、勤め始めた頃は電話を取るたびに「はい、フリーハンドイマイです。」というのが恥ずかしくて、「イマイです。」って言いながら受話器を取っていました。フリーハンドって何だよっなんて思っていたのですが、今ではね、ちょっと野暮ったいかもしれませんが、良い名前だと思っております。
どんなものでも生み出そうっていう気持ちは大切です。

ブラックウォールナットのリビング壁面収納

こちらが軸吊り蝶番。どういう蝶番かというと、扉の上下端につける蝶番で、よく見ると分かるかと思いますが、軸となっている部分が扉の手前にありますね。普通の平蝶番は扉と本体の間が軸になっているのですが、このように手前に軸があると、アウトセットの状態で隣の扉が閉まっていても扉を開けるための隙間を大きく採っておく必要がないのです。しかもこのくらい手前にオフセットされていると、扉を約180度近く開けても隣の扉にぶつからないのです。ただ、取付がシビアで、調整がなかなか困難なので、逃げがないわけです。(文章だと大変分かりづらくてすみません・・。)

そのようなわけで、Oさんにもさっそく絵を描いてみました。
でも、ご本人から直接聞いたわけではなく、アキコ伝手に描いていくのはなかなか慣れず、はたしてイメージ通りになっているのだろうか・・、と少しの不安を抱きながら返事を送らせて頂きました。
で、最初はメールがうまく届かなかったり、届いたけれどお名前の漢字を間違って書いてしまったりと、何だか情けないスタートになってしまったのですが、まずはスケッチを見て、そして現地を見てほしいということになりましたので、さっそく説明にお伺いすることしたのです。
家具を作ってほしいと考えている場所は大磯にある古くて少し変わったマンション。
10世帯もないマンションで大通りのそばなのに、とても物静かな場所。
「今は少し別のところに住んでいるのですけれど、いずれはこちらの方が便利だからここに主人と移ってこようと思っているのよ。」
メールの印象だと用件のみのシンプルな文章だったので、なかなかOさんの表情が読み取れなくてどんな方かと構えておりましたが、とても柔らかな印象の方でした。
それから、Oさんが何をどのように望んでいるのかを伺っていきます。

ブラックウォールナットのリビング壁面収納

中央中段の飾り棚には人形が安置されています。この部分の飾り棚も上段の吊戸棚の荷重を支えるための役割を果たしています。

久しぶりにリビング一面を使った大きな家具を作らせて頂くことになりそうで、少し前までは床から天井までしっかり作り込む形がよく見られたのですが、この頃はあえて壁を残すことで空間の広がりを見せる形にすることが多く、その時にどういうバランスで残すかをあれこれ悩むのです。
Oさんには希望として、パソコンを使う机を備えたいのと、ご主人が窓辺のカウンターに座ってお酒が飲めるようにお酒やグラスなどをきちんとしまえるスペースを作りたい、あとは飾り棚を設けてほしい、ということを言われておりました。
最初は飾る部分とデスクの部分をスケッチのように印象を完全に切り離した形状にしようと思っていたのですが、お話を聞くうちに、また現場の壁を調べて分かったことがあり、一体にまとまった形で作る方が良いということになりました。
というのも、少し古いマンションによくみられるように戸境壁の仕上げがコンクリートにクロス直貼り仕上げだったのです。
そうなるとコンクリートの壁に穴を開けて家具を止めることができないので、吊戸棚にすることが難しくなります。
吊戸棚と下の収納で完全に分けられるとかなり軽快な印象にできるのですが、今回の場合は吊戸棚のようなデザインにしたら、床に荷重を逃がす形にしないといけないし、左右で壁にきちんと固定できるデザインにしないといけない。さらには天井まで作ればガッチリと固定できるのですが、そこまで作ると選んだ樹種がブラックウォールナットとかなり濃い色だったので、全体的に重い部屋になってしまいそうでした。
そのようなわけで、使いやすい高さ、飾ったものが目に入りやすい高さで高さを留めておきたかったのでした。そうなるとなおさら左右の壁で固定できる形にしないといけません。
それなら思いきってきちんと四角い印象にしたうえで軽く見せられるようなデザインにしよう、と思いまして箱型にすることにしたのです。
2度ほど現地を見させて頂きながら打ち合わせを重ねまして、Oさんもそういう細かな形の移ろい方をきちんと聞いてくださり、そしてそれをきちんと理解して頂けて、「そういうことでしたらイマイさんにお任せするわ。」と言ってくださって、ようやく形がまとまったのでした。

ブラックウォールナットのリビング壁面収納

刀の鍔を見せるための台。家具と同じくブラックウォールナット材で作っています。刀の刃がくる方が上に向くように、三角形に削った部材を台に付けています。

制作はカナイ君が担当することになったのですが、今回は形がシンプルに見えるのですが、かなり手の込んだ形です。
まずは、飾り棚部分は奥行を少し小さくしたかったということがあります。
床から同じ奥行で作るって、目線よりも少し上くらいの高さで留めると、ものすごく圧迫感を感じてしまうと思うのです。特に濃い色ですので。
そこで、カウンターよりも上を引っ込めて下は奥行を深めにして、という形で考えました。
そうなった時に、細工が難しい部分がいろいろ出てきます。
まず、デスクとリビングボード印象的に分けている仕切り板があって、リビングボードの中央部とお酒類をしまう右側の部分とを分けている仕切り板があります。
この仕切り板があることでそれぞれのスペースの役割が何となく分かれて見えて、さらには上の戸棚の荷重を床に逃がす役目も果たしているのですが、この仕切り板は上からカウンターまでとカウンターから床までとで奥行をやはり変えて作っているのです。
カウンターが仕切り板でカットされてしまうのが嫌だったのです、個人的に。
この個人的に、が良いか悪いかは自分で考えた形なので、なんとも言えないのですが、自分としては良かったなと思っているのですが、制作を担当したカナイ君からするとこれは大変、ということになったのでした。
床から上まで同じ幅(奥行)板が続いていればもっと作りやすかったのでしょうけれど、そうすると野暮ったくなっちゃうので。
またこの板とは別に、左右端の吊戸棚の荷重を支える板は、カウンターで分けないで床から上まで同じ幅(奥行)で立っております。
なぜ?って思う人もいるかもしれませんが、ここは同じ幅じゃないとやっぱり野暮ったくなっちゃうよなあと思っているのです。
板のカチ、マケって言うのがあって、勝つ方は伸びている方、負ける方は分断される方になるのですが、外から中に行くにしたがって負けていく見せ方がきれいかと思っています。分かりづらくてすみません。
なので、一番外端地の板は1枚で作って、続いてカウンター、その次に仕切り板、というような考え方で作っています。
きちんと理論つけた説明にならなくてすみません・・。
さらには、デスクのところのように背板がついている部分と白い壁が見えている部分とが入り混じっています。
入り混じっているように見えて、自分なりに分けて考えているのですが、なぜそうしたかは皆様いろいろ思い巡らせて頂ければ幸いです。

さらに上のアクリルを入れた扉(ガラスで破損すると危ないので、今回はアクリルにしました。)は、できればガラスだけの扉にしたい、というのがOさんの希望でした。
中のものをきちんと見せるにはそれが一番良いと思うのですが、ガラス用の蝶番で気に入ったものがなかなかなくって。ガラス用のスライド蝶番はカバーが野暮ったいし、ガラス越しに座金が見えてしまうのがどうにも気になるし・・。
ということで、個人的には同じ木材を使って枠を組んだ扉にガラスやアクリルをはめ込む形が好きなので、その形で提案させて頂きました。
それで、枠を組むのならスライド蝶番を使う形がしっかり作れてよいと思ったのですが、そうなると枠の幅が広くなるので中の様子がきちんと見えなくなってしまう。
そのようにお伝えすると「できれば枠を細くしたいのです。」というOさんのご要望をあらためて頂いてしまいまして・・。
それで選んだのが軸吊蝶番で、閉め方としてはアウトセットで、開き方がオフセットしてくれるタイプの物。
文章で書くと大変分かりづらいのですが、簡単に言うと昔からある蝶番です。
ただ、使い慣れているスライド蝶番のように扉の調整はほぼできないし、板の木口を掘り込んでピッタリに納めるので、かなり精度良く作らないといけない。逃げがないわけです。
そしてさらには、追加でご相談頂いた刀の鍔を飾る台。これも小さいながらに手が込んでいるのでした。

ブラックウォールナットのリビング壁面収納

あらためて全体の印象。家具の全体の高さは2メートルちょっと。天井高さが2.6メートルある室内ですので、このくらいの高さで留めてちょうど良い印象でした。

このようにできあがってみるとシンプルに見える形ですが、かなり手の込んだ作りとなっています。
設置はやはり少し古い集合住宅ということと、壁が躯体ということで、水平、垂直を出すのに苦労をしましたが、無事に設置完了。
Oさんからも「落ち着いた色合いで、丁寧にきちんと作って頂けてありがとうございます。」というご連絡を頂いてこれで無事にすべてが完了したのでした。
ありがとうございました。

ブラックウォールナットのリビング壁面収納

価格:1,210,000円(制作費・塗装費)
*運送搬入費・取付工事費が別に掛かります。
(目安として、運送搬入費は20,000円から、取付施工費は60,000円から)

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