2021.10.15

「おや、ようやくお目覚めだね。」

「うん、おかあさん、おとうさん。お早うございます。きゅうにぱちんと真っ暗になったと思いましたら、ゆっくりとここにおりてくる夢を見ました。でも、目が覚めたのに真っ暗なのはなぜなのですか。」

「ぼうや、もうすぐはっきりと見えるようになりますよ。もうすぐ春の風が吹いてきます。それにのってお出掛けしましょう。ですから、しばらくお待ちなさい。」

「ぼくたちはこれからどこに行くのですか。」

「ぼうや、それはね、私たちも知らないけれど、本当はみんなが知っている場所です。」

「それはどこでしょう、ふしぎな場所ですね。風がつれていってくれる場所で私たちはお休みするのですか。」

「ぼうや、私たちは風に乗って誰も知らない場所へ行き、いろいろなことをいろいろな場所で感じるのです。休むことなく、心地良くいろんなことをたくさん感じるためにどこまでも行くのです。」

「じゃあ、おかあさんとおとうさんと離れてしまうのでしょうか。ぼくはおとうさんやおかあさんとはなれるのはいやだなあ。さみしいなあ。」

「大丈夫です、ぼうや。私たちは、何と言うか、そう、とてもとても小さなつぶつぶになって、いろんなことを感じるのです。」

「つぶつぶですか。」

「そう、とてもとても小さくなって、今話しているお母さんやお父さんの気持ちもわかるし、昨日食べた小さな魚たちや雨上がりの朝に殺めてしまったミミズや眠る前に匂いを嗅いだ草花たちの気持ちも分かるようになるのですよ。
昨日寝ころんだふかふかした葉っぱにもなるし、キラキラしたお日様や虹色に輝く朝露にもなるのです。
そして、みんなでみんなの気持ちが分かるようになって、みんなでひとつの大きな風に乗ってどこまでもどこまでも行くのです。」

「うん。」

「ありがとう、ぼうや。では行きましょう。」

音もなく、軽やかに大きな風が不意にやってきて、みんなを乗せて何処かへ流れてゆきました。

春がやってきました。

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