わたしのものとあなたのもの

「チェリー板目のセパレートの食器棚」

目黒 H様

design:Hさん/daisuke imai
planning:daisuke imai
producer:iku nogami
painting:iku nogami

アメリカンチェリーの引き戸のあるセパレートタイプの食器棚の全体像
キッチン全体像。最初はこの食器棚と一緒に冷蔵庫の上に見える白い棚板もチェリーで変えたい、というご相談も頂いていたのです。ただ、取り外しが困難なため、そのままにすることに。
アメリカンチェリーの引き戸のあるセパレートタイプの食器棚の全体像
右のカップボードは以前からHさんがお持ちになっていたもの。この家具の印象に合わせたいというお話を頂いて、制作させて頂くことになりました。
アメリカンチェリーの引き戸のあるセパレートタイプの食器棚のスケッチ
最初にお送りした食器棚のスケッチ。

「華美でなく、使い心地が良さそうな素敵なキッチンの例がたくさん載っていて、参考になります。木のキッチンは素敵ですが、きちんと手入れができるのか不安になります。」

「華美ではなく」という言葉がとても印象的なメッセージでした。
Hさんからのご応募のメールのコメントだったのです。

引き戸の吊戸棚の鴨居
鴨居の様子。
引き戸の吊戸棚の敷居
敷居の様子。アルミのVレールを入れるのはあまり好きじゃないので、チェリーの無垢材をそのまま削って作っております。
オーダー食器棚の引き戸の様子
内部はシナ合板無塗装。
引き戸の手掛けの様子
引手の様子。

「イマイ様
ご報告が遅れてしまいましたが、カタログを無事に受け取りました。
木のキッチン素敵ですね。
それに、各注文者さんの希望や使い方から、形を一緒に考えていらっしゃるところがとっても良いな、と思いました。
うちは既にステンレスのキッチンを作ってしまったのでもう頼めませんが・・・。
キッチンのバックセットは食器棚の分類になること、承知しました。
素敵なバックセットが色々ホームページに載っていたので新居を使いながら少し検討しようと思います。
新居はコーポラティブハウスで、キッチンはオーダーしたのですが、その際はバックセットについて決められず持ち越しにしてしまいました。
さんざん迷って決められてないのは、今ある食器棚を活かすか処分して全て新しくするかを決断できていないからなんです。
30年くらい使っている、オーク?の突き板のもので、棚板も多くて使いやすかったので夫婦して愛着があるのです。
(別に超高級家具というわけではないのですが。)
ただ、新居は主人の強い希望で床をブラックチェリーの突き板にしたのでオーク色の食器棚は床と色味の相性が悪い気がする(主人は気にしなくても、と言いますが)。
そして、食器棚の配置も食器棚でなければ、食洗機の対面に食器いれを配置するのが好みなのに、食器棚を生かそうとするとちょっとそれもやりにくい。
でもなぁ〜、というわけです。
そんなわけで、少し新居で様子を見てから考えることにしたところです。
引っ越しが終わって一息ついて、頭が整理できたら連絡したいと思います。
ともかく、カタログのご送付ありがとうございました。」

先日キッチンカタログのご応募を頂いたHさんがこうお便りをくださいました。
家具はイメージだけで作るのはなかなか難しいですからね。
こうして、暮らし始めて少し自分たちの動き方が分かってきてからのほうがきっと使いやすい形になると思うのです。
と言いながらも、我が家は家を新築する時にはキッチンも食器棚も洗面台も住み始める前に計画してしまいましたが。(笑)

引き戸吊戸棚下のオープン棚にはお茶セットを収納
吊戸棚の幅の半分だけ作ったオープン棚。

家具を持つにあたっては2つの考え方があると思います。
その形に合わせて暮らしていくか、暮らしに合わせて形を作るか。
家を建てた時によく言われたのが、「イマイさんのことだから、きっと皆さんのいろいろな形を取り入れたすてきな家具になっているのでしょうね。」と。
いやいや、そんなことはないのですよ。
こういうことを言うと、期待外れに淋しく思われるかもしれませんが、私はどちらかというと前者に近い考え方なのです。
いろいろな技巧を尽くすことも、細かく使い道を考えることもなかなか性分ではなく、シンプルな形が好きでして。
このエッセイにもつらつらと自分の気持ちを思う時に書いておりますが、暮らしは時間とともに変わっていくものですから、今だけを見て形を考えてしまうとあとで使いにくい形になってしまうかもしれません。
私もこの仕事を始めて最初の頃は、いろいろな仕掛けのようなものはおもしろかったのです。
家電を隠す収納方法や長さが変わる家具など、まさにオーダー家具ならでは、という形を考えることが面白いと思った時期がありました。もちろん、今でもこういう形はおもしろいと思っておりますし、使いやすいと思える部分もあります。
ただ、時代は移ろいやすいものです。
せっかく考えた形が用を成さなくなることもあるのです。
特に家電などは10年も経つとまったく様変わりしてしまう。
ゴルフバッグを収納していたあの場所も、掃除機をしまっていたこの場所も、ビデオデッキをしまっていたその場所も、FAX付き電話をしまっていたこの場所も、いつの間にか別の物々が積み重ねられてしまっていることもあります。
たくさんの家具を作らせて頂いたことで、すてきな使い方をされ続けている形も見てきましたし、そういう不便になってしまった形も見てまいりました。
では、何か良いのかと思う今の私の答えは、「柔軟な形にしておくこと」でしょうか。
期待外れと言われてしまうかもしれませんが、あまり細かく作り込まない形がずっとうまくその家具と付き合ってゆけるのではないか、なんて思っているのです。
それを「華美ではなく」という言葉でまとめてくださったHさんにはまだお会いする前から会っているような感じがしてしまうのでした。

ステンレスバイブレーションカウンターの納まり
天板はステンレスバイブレーション。1.2ミリのステンレス板を折り曲げて、右側面と正面もステンレスで包むような一般的な仕上げかた。
オーダー食器棚の引き出しの様子
右のゴミ箱上の引き出しの様子。
オーダー食器棚の引き出しの様子
左側の引き出し最上段。
オーダー食器棚の引き出しの様子
左側の引き出し2段目。
オーダー食器棚の引き出しの様子
左側の引き出し最下段。

「去年の秋頃、キッチンの資料を送っていただいたことがあるHと申します。検討していたのはキッチンの背面のボードなのですが、参考までにということでキッチンの資料を送っていただきました。その節は有難うございました。
その後、無事に新居への引越しが済み、以前から使っていた食器棚も使いつつ、キッチンの使い方が決まって来たので、できれば背面のボードを作っていただきたいと思っています。」
あのメッセージから半年ほどたったある日、再びHさんからメールを頂いたのでした。 その中に書かれていた形を基にシンプルな原案を作成してお送りしました。
その内容を気に入ってくださって、その形をより理解してされたいということで、こちらまでいらして頂けることに。
その場では、どのような形を私たちが作ることができるか、その形にすることでどういう良さが生まれて、どういう不便さも生まれるのか、などをいろいろとお話させて頂きました。

オーダー食器棚の引き出しの手掛けの様子
今回は、引出しや扉の木口には、厚み1ミリくらいのチェリーの無垢を張っています。いつもの突板シートを張るよりも大きく加工手間が掛かる仕上げですが、耐久性が上がります。

そうして、形がまとまりましたところで、Hさんのご自宅まで採寸にお伺いしました。
コーポラティブハウスということで、一戸ずつへの導入部分も間取りも異なる集合住宅で、Hさんのお宅は3階にありましたが、傾斜地に立つ集合住宅でしたので、2階のような立地でもありました。
さて、搬入経路も無事に確認できて、車を寄せておく場所も確認できました。(この中目黒あたりは、以前にも家具を作らせて頂いたお客様が数件ありましたので、何となく土地勘はできていたのですが、コインパーキングの少なさと変に道を間違ってしまうとまるで迷路のような一方通行と路地のような狭い道に導かれてしまう怖さがあったのを思い出しまして、真っ先に車をどうしたら良いかを検討したのでした。)そして、採寸も終えて食器棚の形もまとめることができて、いよいよ制作に取り掛かれるという段になって、どういうきっかけだったのか忘れてしまったのですが、ご主人からちょっとしたお話が出たのでした。

ゴミ箱スペースの上にはパイプ棚
ゴミ箱の上にはパイプを並べて棚にしています。

「このテレビボードの上に少しものが飾れるような棚をつけることはできますでしょうか。」というお話だったのです。
そのテレビボードはブラックウォールナットでできたとても丁寧な作りのテレビボードで、たしかセミオーダーで作ってもらったとおっしゃっていたような。
その時はそこまで考えていなかったのですが、こうして暮らしてみると、ここに自分の気に入ったものを置いておけたら、という思いが出てきたのだそうです。
なるべくシンプルに、ということでしたが、後付けの棚板の場合は、棚板だけを壁から飛び出るような見せ方で付けることは強度的になかなか難しいので、(つけられることは付けられます。でも使っていてまもなくグラついてくると思うのです。)なるべく箱に見えないような箱型の飾り棚を提案させて頂きました。
「なるべく箱型に見えないように」というのは、横の棚板のラインが強調されるように、縦の板のラインは少し奥まって細く、内側寄りに入れることであまり存在感が出ないようにしたのです。
また、今回は天井の高さまで余裕がありましたので、取付ビスを見せないでスッキリできるように「ドッコ式」という引っかけるような形で取り付けられるように作ることにしたのです。

こちらがブラックウォールナットの吊棚。

それには、ご主人からも、

「先日は、拙宅に来て下さり、有り難うございました。
【テレビの上の吊棚】の方について、私よりお返事します。
寸法、形とも、現場でサラサラと書いて下さったスケッチのイメージと合っており、私としても違和感なく、これでお願いしたいと思います。(「吊棚の右側を、テレビボードの右側に合わせて取り付けると良い雰囲気でまとまると思っております。」・・・と書いて頂いたことにも、まったく同意です。そのように思います。)
食器の吊り戸棚なので、何となく妻のプロジェクトのように思っておりましたが、更に楽しくなってきました。。
宜しくお願い致します。」

とうれしいお返事を頂いて、こうして奥様の食器棚、ご主人の吊棚という2つの家具を作らせて頂くことになったのです。

縦の板を両端と中央に就けていますが、あまり目立たせたくないので、両端の板は少し内側に寄せて、縦の板の手前も横の板よりも奥に引っ込めています。
縦の板が引っ込んでいる印象。棚板よりも厚みも薄くしてより目立たないように。

さて、追加の家具制作のご依頼はとてもうれしいことなのですが、この吊棚がなかなかの長さなので、ちょっと搬入が心配になりました。エレベーターには入らない長さだし、階段でも振り回せるかどうか・・・。
でも、前述の通りに3階ですが、2階のような立地だったことと、集合住宅としては珍しくありがたいことにバルコニーから荷揚げがどうにかできる間取りだったので、あとは当日考えながらやってみようかな、ということでスタートを切ったのです。

と、小さな心配がいくつかありましたが、制作は順調に進みまして、設置工事の日もお天気に恵まれて、荷揚げも問題なしという気持ちで向かいましたが、どうにか階段から玄関へ、玄関から金折れして向かうリビングへと無事に搬入も終えることができて、きれいに取り付けることができたのでした。

チェリー板目のセパレートの食器棚

価格:640,000円(制作費・塗装費)

ブラックウォールナット板目の吊棚

価格:220,000円(制作費・塗装費)  
*運送搬入費・取付工事費が別に掛かります。
(目安として、運送搬入費は30,000円から、取付施工費は40,000円から)

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