「我が家のキッチン」と呼べるまで
2026.03.01
27歳で結婚して、お互いの実家の中間で暮らし始めようとダイスケさんと決めて、海老名市のさがみ野のアパートで新たな暮らしを始めて、それから約1年半後にちょうどタイミングよく海老名のマンションに引っ越し(当時はほんとうにアパートの家賃を払うくらいの返済でマンションが購入できたのんびりしたころだったのです)、そしてその17年後に急にダイスケさんが何かを思い立ったようでお家を建てることになり、そこで初めてオーダーキッチンを作ること、使うことを体験する機会を得たのでした。
家作りを進めていたあの時は、まずはマンションのキッチンの中にしまってあるものを全部ダイニングテーブルの上に出して、さらにはこれから作るキッチンの引き出しのサイズに合わせてマスキングテープで引き出しの大きさの囲いを作っては、どれをどの場所にしまうようにしたら使いやすいか、動線が良いかなどをダイスケさんと考えて決めていったのでした、懐かしい。
その考え方としては、キッチンは私ひとりが使う時間がきっと多くて、家族みんなが使うのは時々だろうからと、私の使い勝手を優先していったのでした。
しかし、子供たちの成長と共に、「そうか、キッチンって私が使いやすいだけでは、決して使いやすいキッチンとは言えないのかもしれない。」と思うことがありました。
当時、小学校5年生の次女チィに、「お気に入りのティーカップがどこにあるかわからなかった。」と、帰宅した私に淋しそうにつぶやかれたことがありました。
その日は、放課後にお友達を自宅に招いたのだそうで、その時にあのティーカップでお茶を出したかったのだそうです。そのチィのお気に入りのクラッシックなテーカップ&ソーサーというのは、家族でお誕生日のケーキを食べる時に彼女たちが紅茶を飲む時にしか使っていなくて、いつもその時は私が用意していたので、吊戸棚の中の上のほうに置いていたのでした。
まだ背が低かったチイにはそれが見えなかったようで、「わからなかった。」となってしまったのでした。お友達をもてなそうと、お気に入りのカップで紅茶を出したい気持ちを台無しにしてしまったなと反省しました。
そのようなことがあってからは、娘たちに聞いてお気に入りの器たちの場所は、彼女たちの取りやすい位置に移動することにしました。
また、お菓子作りが好きな長女ハルは、私の留守中にキッチンを使う機会が増えてきて、使いたいと思っている調理器具も私が片付けていたので、その場所が分からないことも多くなってきて、「あれはどこにあるのだっけ?」とLINEが来るようになりました。それを機に、やはり器と同じく調理器具のしまいかたも変えることにしました。今までは道具ごとのサイズに合わせてしまう場所を決めていたので、あちらこちらに器具たちは散らばって収納していたのでしたが、お菓子作りに必要なものは全て「お菓子の道具コーナー」というい形でまとめて同じ棚に置くように変えました。
道具によって高さや長さ、しまえる奥行きがバラバラなので収納の仕方を考えていた当初のしまい方からは変わってしまい、サイズがバラバラになることでそのスペースに対しての収納量も減ってしまったわけですが、私自身そのような使い方や収納の仕方に不満があるかというとそんなことはなくて、反対にみんなの気持ちにキッチンが応えてくれたようでなんだかうれしく思っているのです。
それが新しいキッチンで暮らし始めてから4年後のことでした。
家族それぞれがキッチンに立って感じたことを意見として出し合って、みんながそれぞれ使いやすくなるように変えることができたことで、ここが「私のキッチン」ではなく「我が家のキッチン」と呼べるようになったのではないかと思っています。
この先また何か意見が出てくることがまだあるかもしれませんが、楽しんで変えていけたらいいなと思っています。
それと、このようなことで学んだのは、家族みんなの要望に気持ちよく答えていけるためには、棚板の高さを変えられたり、しまいたいものぴったりサイズに収納を計画しすぎず、買い替えたりした時にも柔軟に対応できるように、余白がある形にしておくといいのかもしれないな、ということでした。
