冷たさと匂い
2026.03.01
実は我が家のキッチンは間違って作ってしまったステンレスの天板を使っているのです。
この天板、キッチンのご相談を頂く皆様から名前が上がることが多い「まちがいのない人」の茅ケ崎Hさんのために作ったものなのですが、私がうっかり洗剤ポケットをつけるのを忘れてしまったのです。
もちろん「ポケット無しでもよいでしょうか。」なんて聞くわけにもいかず、そっと倉庫の片隅にしまわれることになったのでした。
それが2014年のできごとで、私が自宅を立てたのが2019年ですから実に5年間もここに寝かされていたのです。
当時は、きっとショールームのキッチンを新しくする機会があるだろう、なんて思っていたのですが、自宅で使える機会がやってくるなんて。
ですので、我が家は思いがけずこのステンレス天板ありきの間取りになっているのです。
自宅の設計を担ってくれた友人の福原さんには見事な空間を作ってもらえて本当に感謝しております。
ただやはりペニンシュラキッチンになるので、使い始めた当初はアキコが「やっぱり洗剤ポケットがあることって大事なのね。」なんてチクッと言われておりましたが、今ではこうして快適に使えているのがうれしいところ。
そのようなわけで、私自身はキッチンを手掛けることを仕事にしているのですが、意外とキッチンについての要望が少なかったりします。アキコももちろん気持ちが同じですのでシンプルな納まりが好きなものですから、時々自宅の見学会を行なうと、「食洗機もないし、イマイさんのキッチンシンプルなのですね。」と言われることが多い。
それにガス機器もコンロだけでオーブンも入れていないので、キッチンの機器についての具体的な意見を求められると言葉に詰まってしまうことがあったりして。
ではキッチンを作るうえで一番大切なものは何なのかと私なりに考えてみると、やはり使い勝手や機能性というよりは、何か思い出に残るような場所であってほしいなと思い至りました。
「思い出」というと変な言い方になってしまいますが、私が思い出すのはやはり小学校の頃かな。
3歳のころから高校生まで団地暮らしだった私の家にはとてもコンパクトなキッチンがありました。キッチン隣のじゃらじゃらした暖簾?をくぐるとすぐに洗濯機があって小さな風呂があって。
キッチンにも風呂にも湯沸し器がついていて、冬なんかはガラスの小さなのぞき窓に目をくっつけて、母に何度も言われたように「レバーを押してからひねる」という動作を繰り返して、ガラスの向こうに小さく青い炎がつくと「おっ。」っていつもびっくりしていました。
「お風呂は湧いたら口火にしておいてね。」これも母によく言われたことです。懐かしい。
父はその頃はまだこの仕事を始めていなくて長距離トラックのドライバーで不在なことが多かったため、やはり思い出は母とのことが多いですね。
その中に、50歳を超えた今でもはっきり覚えているのが、怒られた記憶かな。
冬の朝(だったろうか)の忙しい時間にネルシャツ(だったろうか)を着ようとしていた私。
母は、なかなか男勝りのさっぱりした性格で、普段はパートで勤めに出ていたので、けっこうチャキチャキと忙しい人で、そのような時に、
何度かチャレンジしてもネルシャツのボタンがうまく閉まらなくて(本当はできるはずなのです)
「お母さん、ボタンが閉められないよ。」なんて私が甘えたら、
「いい加減自分でできるでしょ!」ピシャッって濡れた手についた水滴を丸で忍者の手裏剣のように私の顔に浴びせてきたのでした。
思わず、びっくりしてしまってそのあとはきちんと自分で閉めることができたのですが、その「ピシャッ」っていう動作と顔にかかった水の冷たさを今でも覚えているのです。
もう一つよく覚えているのが匂いですね。
あの匂いは何といったらよいのか形容できないのですが、時々どこかからふわっと漂ってくることがあって、そうするともう気分は子供です。
それは、運動会のお弁当の時間に出てきたプラスチックの折り畳み式の箱(ネットで調べてみたら「錦化成のピクニケット」というものが出てきましたが、おお懐かしい、まさにこれです)から取り出したおにぎりの匂いなのです。
そして、このおにぎりを用意する朝の匂いなのです。
うちは私と弟の男兄弟で父もよく食べる人なので、ご飯はけっこうたくさん用意するのですが、おにぎりがアキコに言わせるととても大きいのだそうで、たしかにぎゅっと握りしめた三角形はコンビニエンスストアのおにぎりの1.5倍くらいはありそうでした。
その匂いに近い香りが漂ってくると、あの頃を今でも思い出します。
私たちが作るキッチンがそういう場所であってほしいなと、いつも思うのです。
