
コグが外れる
2026.04.13
土曜日の朝とは変わって少しだけ肌寒さを肌着からはみ出た背中に感じながらも、日曜日だからと目覚ましをかけないでいたものだから起きた時間が久しぶりに7時を過ぎてしまった。
黒猫が待っているだろうと支度をして、久しぶりに自転車道ではなく、高架線のそばを通る農道をのんびり走りたいと思って、そこに辿り着くために図書館の脇を抜けていこうと思い、新しいガード下に辿り着いたあたりで、大きな金属音と共にチェーンが外れてペダルが沈み込んだ。
なんだと思ってみると、ロックリングがぶらぶらしてコグまで外れちゃっている。なんでだろう・・。
うーん、直すのは面倒だなあ、なんて思いながらお尻を持ち上げた自転車を押しながら汗だくで帰宅して、アキコに事情を説明して車に自転車を積み込んで工房へ。
「遅いよ。」と黒猫に言われて、「ごめんね、オケツ。」と謝ってご飯をあげて、朝の支度が済んだら重い腰を上げて修理。でもばらしてみたら大事にはならずにネジ山もまだ残っていたので、きれいに組付け直して、次いで延ばし延ばしになっていたブレーキパッドも交換。気持ちがすっきりした。
後から電車で来てくれたアキコが言っていた。
「あなたはそうやって直せるからすてきよね。」
先日ウェブを見ていたら、日本の住宅は本来手を加えながら長く住んでいけるはずなのに、住宅が商品になってしまっているように思われる部分がある、と書いている人が居て、何となくそういう思いも分かるような気がします。
たまたま自転車が好きで、自分でいじってみたいっていう興味があったからこうして直せるだけで、やはり知らなかったらきっとお店に持ち込んでいたことでしょう。
ただ、知ってはいても、よしやろうと思える時間が持てなかったりすることもある。
先日、床を掃除した時も、日常のリズムに慣れてしまってずるずると汚れが積もるにまかせてしまって、やってみたら何のことはなく1時間もかからずに終わってしまって、(もっと早くやれば良かったな)なんて思ったものでした。
なんというか、自分の持ち物は自分の手で自分たちのものにしていく、という行動がもっと気負いなく(というのかな)、歯磨きのように日常の動作になっていけたらよいなあなんて、少しきれいになった自転車を見て思った日曜の朝だったのです。
