
宮地山、シダンゴ山
2026.05.11








「寄の奥にシダンゴ山というところがあるみたいよ。」とアキコが言っていて、カタカナって何か怖い山なのかな・・なんて思っておりました。
寄(ヤドリギ)というめずらしい地名は昔からご縁がありまして、今では、吹き付け塗装仕上げの場合はすぐ近所の原木さんにお願いすることが多いのですが、当時はこの寄の交差点を曲がってすぐのところにある古い民家を塗装場に改装して仕事をしていたクリハラさんにお願いしていたものでした。
ある時、「鏡面塗装はちょっと難しいかな・・。」と言われてしまってからは、クリハラさんとは疎遠になってしまったのですが、この緑多い町に来ることは当時の私の楽しみのひとつでもありました。
5月5日のこどもの日は朝早くから、その寄の交差点からしばらく走った先にある自然休養村に向かったのでした。
「春先に老梅を見にお母さんと来たのよ。」と、普段遠くまで車を運転することのない彼女がその時はめずらしく長い時間運転したこともあったようで、得意げにこのあたりのことを話す彼女のナビ通りに無事に到着すると、駐車先の休養村のたっぷり日焼けした精悍なおじさま方に「頑張ってね。」と見送られながら一路頂上を目指したのでした。
丹沢の中でも鍋割山や塔ノ岳のような厳しさがあるわけでもないのかここを巡る人はあまりいないようで、道中2組ほどすれ違うだけで、途中行き先が分からなくなるくらいの物静かな登山道は、このところニュースで耳にする熊の気配が気になりながらも読経のような鳥たちのおしゃべりが心地よい時間でした。
いつも登る時はアキコは写真を撮りつつゆったり登ってきます。
時にはきつい傾斜が続くと、すこし辛そうな表情をしていますが、私は早くそこを通過してしまいたいという思いがあるからは早足になってしまうことが多く、都度、途中でアキコを待つのですが、頂上付近の急傾斜でいつものように待っていると、「ごめんね、私はあなたについてゆける速度がないのよ。このペースで進んでゆくのが心地良いの。」と疲れた様子を見せずにうれしそうにそう話してくれたのでした。
そうか、私はアキコのそういうきちんとした気持ちが好きなのだ、と着実に一歩一歩を進んで通り過ぎてゆく彼女の後姿を見つめながらあらためてそう思ったのでした。
と、思いにふけっていたら、「わあ、不思議なところ。アセビよ。」と先に進んでいたアキコが木立を抜けて、背の低いアセビに囲まれた妙に明るい場所でそう言っていました。
ほんとうだ、なんだか急に幻想的な場所に出たなあ、と思っていたら、いつの間にかアセビに囲まれた山頂に辿り着いたのでした。
その山頂では、ぶんぶんぶんとクマバチたちが迎えてくれて、アキコが作ってきたおにぎらずを食べて一休み。
前回の大野山の時に比べると、はるかに暖かな日差しで温まった体で登りよりもかなり急な道を下って休養村管理センターを回って、川を下ってスタート地点に。
こどもの日なのにハルチィとは別行動になってしまったのですが、心地よい一日だったのです。
