控えめなほめ言葉

「クルミの階段状のオープンシェルフ」

杉並 S様

design:Sさん/daisuke imai
planning:daisuke imai
producer:daisuke hirose
painting:daisuke hirose

クルミの階段下オープンシェルフ
階段下に納まった様子。「普段使いの靴をしまったり、アイデア作りのための画集なども少しおいておけたらよいなと思いまして。」とSさん。
クルミの階段下オープンシェルフ
色の少し違う赤みのある棚板がベイスギ。厚みが20ミリに製材されていたので、そのまま活用しています。奥行きが深いシェルフのように思えますが、靴1足分の奥行しか見えないのはそのちょっと複雑な構造のためです。
クルミの階段下オープンシェルフ
玄関側に回り込んで見てみると、オープンシェルフの奥に扉がついているのが見えます。
クルミの階段下オープンシェルフ
そう、物入になっているのです。「全部がオープンになっていても奥のほうは使いにくくなってしまうので、側面から使えるようにするのはどうかなと思いまして。」とSさん。それまではシンプルなオープン棚として考えていたのですが、ここからとても複雑な構造にしなければならなくなったのでした。

4年前にキッチンを作らせて頂いたSさんには、ちょこちょこと声を掛けてもらっておりまして、キッチンの納品のすぐ後に、ベッドや階段下のキャビネットのお話が出ていて、Sさんのタイミングでこうして作らせて頂く機会を持たせてもらうことが多いのです。
そしてSさん、毎回ちょっと(良い意味で)クセのある形の相談が多いです。

ちなみにSさんのキッチンは「杉並モダニズム」のチェリーのL型キッチンで、一緒にサクラでベッドのフレームも作らせて頂きました。そのベッドの納品の後にこういうお話をしてくださいました。

クルミの階段下オープンシェルフ
さて、これでヒロセ君。頭を悩ませながら制作に取り掛かることになったのでした。詳しくは彼の制作日記を読んで頂けるとよく分かります。

「自宅のほうがこれでひとまず落ち着いたので、今度はスタジオのほうをいろいろと考えていきたいと思っているのです。そこでまずは階段の下のキャビネットをお願いしようと思っています。それほど先にはならないと思いますので、イマイさんのほうでもちょっと予定しておいてもらえるとうれしいです。」

「いよいよ、階段下のキャビネットなのですね。どういう感じで使っていく家具になるのですか。」といろいろとお話をお伺いするうちに、Sさんの思いをお聞きすることができました。

「このスタジオはルイス・バラガンの建築の空間のような雰囲気にできたらいいなと思っているのです。」と。

ちなみにSさんは写真を撮るお仕事をされている方です。

クルミのツマミ
ツマミもクルミを削り出して制作。

なるほど。
名前を聞いたことはあります。広い白い面積に鮮やかな色が差し込まれた印象的な空間というくらいしか私は知らなかったのですが、この場所がそういう色彩であふれてきたら、心地よいだろうなというのは、モダニズム建築に詳しいわけではない私でも分かるくらいとても心地よい言葉だったのです。

では、その階段の下に置くキャビネットというのは、そういうヴィヴィッドな印象が来るのかしら、と思っておりましたが、「素材の生き生きした表情をここには置きたいのです。」というSさん。
「可能ならば、玄関扉に使ったベイスギが余っているので、それを使って頂いて玄関と表情を合わせるのも良いかと思っております。」

ベイスギ・・・。
ベイマツ、ベイツガは聞いたことがありましたが、ベイスギってあまり聞かない名前だなあ。
調べてみると、レッドシダーのことのようですが、よく見かけるレッドシダーよりももう少し目が詰まっているし、持つとそれなりに重いし、これはレッドシダーなのだろうか・・、どちらかというとツガの表情に似ているような・・。
いずれにしてもそれほどの量があるわけではないので、家具の本体自体は新たに材を用意しないといけなさそうです。
また、お話を進めていくうちに、シンプルな階段状の棚を作るところからだんだんとお話が複雑になっていきましたので、その材もある程度の量が必要になりそうでした。

クルミの階段下オープンシェルフ
鉄骨の階段は、仕上がり同様に多少の寸法もざっくりできているのが魅力でもあるのですが、キャンティレバー階段の構造上、どうしても踏板の先と壁際のほうで微妙な傾きがでるので、それぞれの最小寸法に合わせて制作しています。
クルミの階段下オープンシェルフ
階段越しに見るとこのような印象。

そのような感じでお話を進めていく中で、ツガで作ろうかと考えているところで一度Sさん材料をこちらに見にいらしてくださいました。
その中でツガのおとなしい表情よりも、導管が細くて表情は優しいのだけれど、白太と赤みの色の差が大きく鈍い色をした木肌、黒いスジやフシがところどころにある様子が表情の豊かさと感じられるということでクルミを使って作らせて頂くことになったのでした。

クルミの階段下オープンシェルフ
今回の形を作るにあたって、組み立てていく中でオープン棚側に木端ではなく木口が見えてしまうのは美しくないので、挽き板を張って化粧をしています。ただ、イモ張りしても材がやせた時に挽き板がその動きについていかずにはがれてしまう可能性があるので、実加工を施してそれを意匠として見せる形で仕上げました。

こうして、素材も形状もまとまりまして、制作に取り掛かることになりました。
先ほど書きましたようにオープンの棚というと簡単に思えるのですが、打ち合わせを進める中で一部を戸棚にして内部を見せないようにするなど、Sさんらしい表面には表れない複雑さが盛り込まれていきまして、踏板・地板・側板・背板が入り組んだ作りになっていき、それをオープン部分からは感じられないようにしないときれいに納まらなかったので、完成した姿からは感じられにくいそのあたりの工夫が大変だったのでした。
詳しくは、制作を担当したヒロセ君がそのあたりを書いてくれています。

「ヒロセ君の制作日記」
https://www.freehandimai.com/?p=58945

コーリアンとブラックチェリーのL型キッチン
再び再開したブラックチェリーのL型キッチン。この再開後に、当初から計画していた食洗機をコーナー部分に導入する工事もさせて頂きました。
コーリアンとブラックチェリーのL型キッチン
ちょうどシンクの右隣が食洗機用のスペースになっていて、今は簡易的な物入れになっています。その中にはあらかじめ給排水は立ち上げてもらっていたので、食洗機の取付はSさんのほうで手配してもらって、現在ついている扉を加工して食洗機のパネルに作り替えたのでした。

こうして無事に完成して、ヒロセ君と納品。

「おぉ、いいですね。」
と、いつもの控えめな褒め言葉を頂くことができました。

Sさんといつもお話をしていると、感じることがあります。
こちらが提案している内容に、「それは良いですね。」と良い印象を持ってもらった時に、それならばと私も勢いづいていろいろとお話をさせて頂くのですが、そうすると、急にまるで熱が冷めたかのようにふと黙り込んで、「それならこういう形で行きたいです。」と静かな調子で言葉を選んでお話を始める。
何というか、馴れ合いにはならずに常に一つの緊張感が目の前にあって、その気持ちがぶつかり合うというか触れ合うことで、互いに良いイメージが高まっていくというのでしょうか。
何というか、一定の距離から踏み込めないもどかしさを感じながらもそれが良い形につながっていっていることが不思議だと常々思っているのです。
控えめな誉め言葉でも、こうしてよく声を掛けて頂けるというのは私たちのことを気に入ってもらえている証拠かしら。

山桜のベッドフレーム
ベッドフレームは制作開始当初に見せてもらったシャルロットぺリアンのベッドフレームの印象に近い色合いになってきていました。

そして、以前のブログにも書いたのですが、Sさんはいつもご自身で考えている形のなかに独特のエッセンスがあって、写真家というお仕事柄いろいろなことと出会う機会が多いということもあるのかもしれませんが、私が気付くことができなかったことを見事に感じ抜いていて毎回ハッとさせられます。
今回のこのキャビネットも写真で見ると何気なく映ってしまうのかもしれませんが、Sさんの気持ちがよく表れた美しい形になりました。

また、クセのあるご相談が届くのでしょうか。
楽しみにしております。
なんて思っていたら、「イマイさん、エアコンのルーバーを作ってほしいのです。」とちょっと変わった相談が・・。

ホワイトペイント仕上げのエアコンルーバー
そのエアコンのルーバー。シナ合板とシナの無垢材で作り、その上からSさんの壁に塗ったペンキの残りを預かって塗装しました。格子を刷毛塗りとローラー塗りで仕上げていくのは、オイル塗装以上になかなか繊細な作業だったりします。
ホワイトペイント仕上げのエアコンルーバー
それをローラーキャッチで着脱できるようにしたのです。

クルミの階段状のオープンシェルフ

費用につきましては、お問い合わせくださいませ。

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