私の心のキッチン

2025.10.22

文:イマイアキコ

私が思い出すキッチンの風景は、くるみ餅を作る家族の姿です。

くるみ餅は岩手県出身の両親のソウルフードで、我が家ではおせち料理のメニューのひとつとして大掃除のあとに、必ず作っていました。

母が殻つきのくるみを袋いっぱい買ってきて、それをトンカチで割るのが兄の当番。割れた殻から実をほじり出し、実に殻が混じらないようにするのが私の当番。取り出した実をすり鉢に入れて擂り、味を調えるのがまた兄の当番。いつも家族なんてお構いなしに、風のようにふらりと出掛けてしまう兄も、この時ばかりは何も言わずに半纏を羽織ってキッチンの床にあぐらをかいて黙々と作業をしていました。

「くるみは殻付きでないと風味が違うのよね。」

「同じ岩手でも味噌ではなくて醤油で味をつけるところもあるのよ。」

「お湯ではなく煎茶でのばすところもあるのよ。」

と、この作業中に毎回必ず母から出るエピソードの数々を聞きながら、一時間以上掛けてこの作業をしたものでした。

今は、兄妹それぞれ家庭を持つようになったので、新年の挨拶の時がくるみ餅作りの時です。

「酔っ払う前にこれよろしくね。」

と、新年の挨拶もそこそこにすぐに作業が始まります。船乗りだった父はいつもお正月の時は留守にしていましたので、下船した今、こうして家族みんなが一緒に作業ができるようになったわけです。

でも、今は短時間で作れるようになってしまいました。殻付きのくるみはなかなか売っていなくて、実だけ袋売りされているものを買ってきて、それをすり鉢で擂るだけですから十分ほどで終わってしまいます。

だから、兄一人でもできる作業ですが、私は今でも必ずこの作業を手伝うようにしています。母から出るエピソードを聞かないとかえって心配になり、居心地の悪くなる私は、「醤油で味付けるところもあるのでしょ?」と話を促すようになりました。すると、「そうそう。」と両親のくるみ餅のエピソードを交えた思い出話が始まります。十代の頃には、「もうそれ何回も聞いたんだけど。」と言ってしまったこともあったと思うのですが・・。

私は家族でこの作業をしている「空間」が自分の居場所を実感できるので、大好きで必要です。

自分が親になった今、子供たちにとってそんな「空間」を作ってあげたいと思いますし、またその思いが受け継がれていったら素敵だなと思っているのです。