荘厳な建築物

「クルミの格子引戸の食器棚と社寺建築を想定したダイニングテーブルの制作」

幕張 H様

design:Hさん/daisuke imai
planning:daisuke imai
producer:iku nogami/daisuke hirose
painting:iku nogami/daisuke hirose

まだ父がこの工房の代表を務めていた時からお付き合いのあるデザイン事務所さんから大変久しぶりにご相談を頂いたのでした。
今回はその事務所さんを通じて食器棚を作りたいというご相談でしたので、お客様と直接お話する機会がなかったので、半ば手探りの状態で考えていったのでした・・。

クルミの格子引戸の食器棚
格子引戸の食器棚の全体的な印象。

私は家具をデザインするってどういうことだろうといつも悩むのですが、今のところ自分自身で思っているのは、使う人の要望に沿った形にすることだと思っているのです。
「沿った形」って、必ずしも希望に合わせることではなくって、その形がその人にとって必要かどうかをきちんと判断されてできあがったものだと考えています。
元々、父が創業したての頃は(何度も同じような話を書いているかもしれませんが)店舗の什器ばかりを作っていました。創業7年経った頃に私はこの仕事を手伝い始めたのですが、その頃はどうしてこのような形になるのだろう、という奇妙なものばかりを図面の通りに作るだけの毎日だったように思えます。
一従業員ですから、もちろん使う人の顔は見えないし、クライアントの顔も知らない。
純粋にこの形をどうやったら実現できるだろうという作ることだけの楽しさで仕事をしていたように思えます。
でも作るだけのモチベーションで続かなかったりします。特に理由が分からないまま作ることは、理解できないまま無理やり数式を暗記するような気持ちです。
それから時代の流れが変わって、店舗の仕事はほとんどなくなり、だんだんと住宅向けの仕事をするようになってきました。
制作を続ける中でも早い段階から父が製図を教えてくれたのが良かったのだと思います。そして、作り方を理解しながら形を考えてゆけることの重要さはこういうステップがあったからこそ今に生きているのではないかと思っています。
なぜあの頃奇妙に思えたのだろうとふと思い返す時がありましたが、やはり作り方が成っていないからだったのだろうと思えるのです。
なんだか偉そうに聞こえてしまうかもしれませんが、まるですぐに壊れてしまいそうで、誰が使うのが想定できないような形が溢れていた時代だったのです。
そういう経験があったからか、何かを作るとしたら、きちんとその意味がないといけないと思っておりまして、家具を作らせて頂くからには、その人の暮らしにきちんと機能してゆける形にしたいと思うのです。
でもそれは、その人が望む形をそのまま作るのではなくて、私が30年かけて得てきたことをお話しながら、希望に沿うちょうど良い形を見つけながら形作っていくことが最良の方法だと思っているのです。

クルミの格子引戸の食器棚
リビングから見た時の全体的な印象。

ですので、手探りの状態で考えていくって、今の自分にとってはなかなか苦手だったりするのです。
なぜ格子にするのだろう、どういうイメージがあってこの樹種にしたいのだろう、どういう間取りでどんな人が使うのだろう、そういう情報が少ないままに作るというのは、この形で良いのかなあ、という思いがどこかに残ってしまうように思えるのでした。

引き戸の鴨居
鴨居の様子。
引き戸の敷居
敷居の様子。

頂いたご要望書には全面が格子の引き戸でできた少し華美な印象の食器棚の写真が添えられていました。
素朴な水屋箪笥のような印象とは少し違った印象でしたが、あまり作り込み過ぎると品が良くないように見えてしまいそうでしたので、ここはシンプルに私たちの作りやすい寸法の割付で提案させて頂いたのでした。
その形は、腰の高さより上にはこの格子の引き戸を取り入れて、それより下は使いやすいように引き出しに、というオーソドックスなレイアウトで形を考えていて、その引き出しはシンプルな板の木目を見せる形で考えておりました。
すると、担当のAさんから「デザインを揃えるために、すべての面を格子に見せたいのです。」というご連絡を頂きまして、引き出しまであえて格子の扉で隠すというデザインになったのでした。
食器棚の天板となる部分は、石のような印象に見せたいということで、当初はセラミックストーンを使う形で考えておりましたが、コストを抑えるために石のような凹凸感が表現されているメラミン化粧板になることに。

格子引戸を開けた様子
今回は縦格子で構成しています。格子の幅は9ミリ、隙間は7ミリ取って、両横は引手をつける想定で少し幅広く49ミリほどにしています。結果として引手をつけないでも開け閉めできることが分かり、引手無しのシンプルな形で納めています。

そうして納品された形はAさんを通じてお客様に大変喜んで頂けたという言葉を頂いたのですが、この家具を作らせて頂いている間はお客様にお会いする機会に恵まれなかったので、どのように使ってくださるのかなあと少し悶々としていたのでした。
すると、家具設置が終わる頃にお客様であるHさんご夫妻が現場にいらして下さったとのことで、制作を担当したノガミ君が工房に戻ってからいろいろと話をしてくれました。

格子引戸を開けた様子
引き戸の内部は、グレーのポリエステル化粧板を使いましたので、印象がかなり引き締まって見えますね。

実はこの家具を設置させて頂いた後に、家具を見てとても気に入ってくださって、「実はダイニングテーブルの制作もお願いしたいと考えておりまして。」と、ノガミ君に言伝てしてくれたのでした。

それから、直接メールでやり取りさせて頂けるようになりまして、いろいろとお話を聞いてみると、Hさんは私のイメージではもっともっとご年配の方と思っていたのですが、私より少し年上のお二人で普段は神社仏閣を巡ることがお好きなのだそうで。
と、家具だけではなく、好みのお話もお聞きすることができたりしたのでした。
これでやっとのびのびと作ることうれしくなった矢先、Hさんが投げかけてきたイメージが結構難解で、これはどうしようか・・、と頭をひねることになったのでした。
それは、神社仏閣のイメージをこのテーブルに組み込めないでしょうか、というメールとフラフスケッチが描かれた写真が届いたのでした。

引き戸を開けると引き出しが入っている様子
天板より下はすべて引き出しです。引き戸を開けてから引き出しを開けるという形になっていて、複雑になっている分作り手間も大きく増えたのですが、それでも閉めた時の格子の印象を美しく見せるということで、内引き出しの構造にしています。
クルミの食器棚の引き出し内部
引き出し内部の様子。
クルミの食器棚の引き出し内部
引き出し内部の様子。
クルミの食器棚の引き出し内部
引き出し内部の様子。

「メールを頂戴し、ありがとうございます。
格子の食器棚は我が家の重要なアイストップアイテムとしてしっかりと馴染んでくれております。
出来栄えに大変満足しております。
さて、新たにご発注を検討しております。ダイニングテーブルにつき、当方の思いをお伝えいたします。
当方で考えていたテーブルのポンチ絵の写真を添付します。ポンチ絵は、あくまでイメージで、脚と天板の固定部を建築で言う斗栱(ときょう)のようなデザインにして、その上に甍(いらか)のように天板がのるというようなものです。」

クルミの格子引戸の食器棚
背の高い戸棚と腰高の戸棚のジョイント部分。すっきり見えるように工夫しています。
石目調のメラミンカウンター
天板は石目調のメラミン化粧板。
引き戸を開けると引き出しがある様子
こちらも内引き出し。
クルミの食器棚の引き出し内部
引き出し内部の様子。
クルミの食器棚の引き出し内部
引き出しに内部の様子。
クルミの引き出しの手掛け
引き出しの手掛け部分の様子。

この時に初めて知った「斗栱」という言葉。神社やお寺に行くと誰でも一度は目にしている屋根を支えている構造のことでした。なるほど、これをテーブルに・・。
いろいろと調べてみると、屋根をいかに大きく張り出すことができるのかが、この斗栱の形によるのだそうで、これをテーブルの脚頭部に使えないだろうか、というのかHさんのご要望。
ちょうどこの時にアキコとハイキングに行こう、ということで渋沢の頭高山の麓あたりを歩く機会がありまして、その時に見た白山神社の屋根の様子が大変勉強になったのでした。
今まではチラッと見るくらいだったのですが、こうして興味を持って見てみるといろいろなことが分かって、いろいろとピントを合わせて過ごしているように思えてもきちんと見ないとみていないのだなあとあらためて気づかされ、それを教えてくださったHさんの言葉がとてもありがたかったのでした。

クルミの格子引戸の食器棚とセラミックストーンのダイニングテーブル
キッチン、食器棚、ダイニングテーブルのレイアウト。キッチンはトーヨーキッチンさん。

「図面拝見しました。
基本的に当方の思いが叶ったもので気に入りました。
斗栱のデザインをカタチにしていただきとてもうれしく思います。
ドムースの天板も、まさに斗栱の上に甍がのるイメージですね。
目地を入れることで重層的な重なりの様式が表現できるように思いました。
加えて、脚の下端部に礎盤のイメージまで加えて頂き、日本の建築様式美が再現されて、わくわくさえしてきました。
京都で過ごした学生時代は講義には出ずに、勇壮な伽藍に斗拱の意匠を仰いだり、仏像に出会いに行ったりする日々を過ごして
おりましたのを思い出しました。
結婚してからは妻も一緒に、古刹の佇まいに一緒に浸る時間を大切にしております。
天板は、グレー系の色にも興味があり、その段階になりましたらサンプルなどで決めさせて下さい。
ゆっくりとお待ちしますのでどうぞよろしくお願いいたします。」

斗栱に続いて礎盤石となる部分の大きさのバランスや柱の形状を打ち合わせて、最後に天板の素材をどうするかを悩んだのでした。最初は食器棚と同じく凹凸のあるメラミン化粧板で作る予定だったのですが、いろいろと話を進めていくうちに「やはりこの場所は自分たちの思い入れも強いので、社寺建築の仕上がりが想起されるように天板にはセラミックを採用したいと思うのです。」

クルミとセラミックストーンのダイニングテーブル
テーブルの高さはキッチンの高さに合わせて900ミリというなかなか珍しい高さ。
脚の斗栱の様子
セラミックの天板の下にクルミの天板を当てて、それぞれの板の間は目地を取って、セラミックが重く感じないように見せています。食器棚の天板も同じデザインで目地を取っています。この印象が「まさに斗栱の上に甍がのるイメージ」となったのです。

こうして、すべての形がHさんの思いと共にまとまりまして、制作に取り掛かるのでした。
食器棚の制作はノガミ君でしたが、テーブルはヒロセ君が担当します。
さて、一番の課題は斗栱の制作です。
コストのこともありますので、すべて手加工というのは難しく、NCルーターを使って作ろう、という話にまとまりました。
私たちの工房にはそのような大型の機械を置くスペースがないので、iPhoneスタンドの制作の時やこちらの本棚を作った時にお借りした神奈川県の産業技術総合研究所(通称:産技研)さんに再びお願いしてNCでの加工をして頂いたのでした。
今までは小田原の工芸技術所まで出掛けていたのですが、今度からは海老名の産技研さんでも引き受けてもらえるということで、図面を描いてヒロセ君に向かってもらいました。
技師さんにプログラムを描いてもらって、加工はヒロセ君自身で。その日の夕方にはとても美しい形を持ち帰ってきたのでした。(機械はすごいね。)
それをきれいに細部を手加工で仕上げて、脚部を完成させ、依頼したセラミンクカウンターと木部の天板を組み合わせて無事に完成。
納品も問題なく終了して、ヒロセ君もうれしそうに工房に戻ってきたのでした。
そして、Hさんからもうれしいお便りが。

クルミとセラミックストーンのダイニングテーブル
特徴的な脚部の印象。

「本日、納品、取り付けいただきました。
素晴らしいで出来上がりに満足しております。
最後の組み立て、設置まで、スタッフの方のお仕事が丁寧で敬服いたしました。
ほんとうに荘厳な建築物のようです。
ありがとうございました!」

そして、そのあともステキな時間を設けてくださったりと、とても良い機会に恵まれて、大変勉強になったお仕事だったのです。

脚の斗栱の様子
端正な表情になった斗栱の印象。斗栱の部分は3つの部材を連結して作っていて、その上に幕板が載って強度が得られるような構造になっています。
脚の斗栱の様子
美しい納まり。

クルミの格子引戸の食器棚と社寺建築を想定したダイニングテーブル

費用につきましては、お問い合わせくださいませ。

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